第8話


 総司がこの世界にやってきてからずいぶん時間が経った。


「うん、今日も美味しいご飯をありがとう!総司君」


「俺は居候だからな、これくらい朝飯前だ」


「これはお昼ご飯だけどね!」


 そんなくだらない会話をするのは、食卓を挟むように座った寿と総司だ。彼らは、寿が取ってきた暴れ牛の肉をたっぷり使ったビーフカレーを頬張っている。


「にしても、毎回毎回たくさん作るね!」


 彼らの食卓に並ぶ鍋は、おおよそ二人分の量ではなかった。ファミリーサイズ、大人数人で食べてぴったしの量だろう。


「あ?ああ、そりゃ、寿さんにはたくさん食べてもらいたいからな」


 寿は、満足げにありがとうと言うと、また一口口にカレーを放り込んだ。


「あっ、そういえば、今回の勇者召喚、失敗したらしいよ」


「……勇者召喚、一ヶ月経ったってことか」


「だね。前回が総司君……で、それからひと月経ったから、新しい人を召喚しようとしたらしんだねどねぇ」


 勇者召喚という特別な儀式は、一ヶ月に一度しかできない。一ヶ月に何の意味があるのかは総司も知らないが、そういうものだと納得している。


「勇者召喚ってのは、毎回成功するわけじゃないんだな」


「もちろんだよ!あれは神の奇跡……そう簡単になされることじゃないんだ」


「なるほど、それであの時、やっとこさ成功したのに、俺みたいな戦闘力皆無君が召喚されて、みんな消沈してたのか」


「まあ、そうだね……」


 しばらく静かになり、ふと思いついたように、寿は総司に詰め寄った。


「総司君!」


「……ゴホッ!?何だ急に」


 食べている時に急に寿が大きな声を出しだので、総司は思わず咳き込んでしまう。


「一ヶ月経つけど、二階の掃除、進んでるのかな?」


 それを聞いて、総司は露骨に顔を背けた。


「……いやぁ、あはは、まだかな」


 頬をポリポリかきながら総司が何事かと正面に顔を向けると、食べ終えた皿を突きつけてくる寿と目があった。


「大掃除の加護が聞いて呆れるね!おかわり!!」


 よほど美味しかったのか、彼女は満面の笑みを浮かべている。


「余計なお世話だ……って、食べすぎるなよ? 太るぞ」


「あー、総司君いけないんだ!女の子にそんなこと言っちゃ」


 総司ははいはいと言いながら、皿にカレーをよそう。


「たくさん食べとかないと、いつまで食べられるか分かんないんだしさ」


「……」


 総司は、聞こえないふりをして、皿を寿の前に置いた。


「招集の手紙、四通目だっけ?『冬国ニ番隊隊長様』?」


 冬国二番隊隊長、それは寿に与えられている役職だった。総司は一ヶ月一緒に生活する中で、寿のことをおおよそ把握していた。


 彼女は冬国の最高戦力、十人いる『隊長』のうちの一人だったのだ。そして、その欠落は予想以上に影響が大きかったらしく、すぐにでも戦線に復帰しろと上からのご命令が何度も来ているのだ。


 寿は既に四回無視している。


「んー五通目、実は今朝またポストに入っててさ!もう、人気者は困っちゃうね!」


 文句を言いながら、寿はまた一口カレーを食べた。一気に口に含んだからか、唇の先が茶色くなる。


「ほっぺのとこ、ついてるぞ」


 総司がそう言うと、寿はテーブルにあった封を開ける前の手紙(招集状)を総司に渡した。


「総司君、ほら、拭いてよ」


 寿は右頬をぐいっと前にやる。


「はぁ……甘えただな」


 総司は、照れていることがバレないように少し目をそらしながら、手紙を受け取り、それを使って寿の頬を拭った。


「ふふっ、ありがと」


 結局、その手紙は読まずに捨ててしまった。

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