第6話


「総司君、起きてるかなー!?」


 ドンドンドンッというドアを叩く無作法な音が、総司の眠る部屋に鳴り響く。


「……んっ、起きてる、よ」


 そこで、言葉ではそう返すが、総司の纏った布団は、彼を外に出そうとはしない。


 ガチャ


「失礼するよ!!」


 そう言って薄暗い部屋に入ってくるのは、この家の主、寿だ。彼女は厚手のセーターを着ており、体のラインが浮き彫りになっている。


「ほら起きて!いい天気だよ!」


 シャァーという音ともに、カーテンが開かれる。降り積もった雪が太陽に照らされてキラキラと輝いていた。


「むぅ……寒い」


「ほら、早く起きて!今日は朝ごはんを食べてから、一緒に掃除をするよ!」


 寿は、容赦なく総司のくるまる布団をひっぺがした。


 かくして、総司の異世界生活二日目が始まった。


「じゃ、掃除始めよっか!」


 目覚めてから総司が作った朝食を食べた二人は屋敷のフロントで向かい合っていた。寿の手にはホウキが握られているが、総司は何も持っていなかった。


「ではまず、総司君!箒(ホウキ)を出して!」


「……ホウキを、出す」


「そう!君は大掃除の加護で、出せるはずでしょ?」


 そうは言われても、総司は無からホウキを出す方法なんて知るはずがなかった。


『とにかく、やるか』


「ホウキ!!」


 叫び声が響いただけで、そこにホウキは現れない。


「ホウキホウキホウキ」


 いくら言ったところで、ホウキなんてものは出てこない。


「なんだ、あの黒姫って女、ホウキも出ないじゃないか」


 総司の能力が掃除道具を出す力だと言ったのは彼女だった。しかし、どう見ても掃除道具なんて出てきやしない。


「ホウキ……ゾウキン!スポンジ!モップ!掃除機!ルンバ!!」


 ひとしきり叫び終えて、総司は諦めた。


「あー、総司君、多分白姫ちゃんは嘘なんかついてないよ?彼女はあれでも神だし」


「でも、掃除道具の召喚なんてできないぞ」


「それはね、総司君が召喚の仕方を知らないだけ」


 そう言って、寿はホウキを右手に持ちかえると、左手を前に突き出した。


「リリース『羽子板』」


 すると、寿の手のあたりが輝き出した。


「うわ、なんだ」


 そして、光が収まると共に、彼女の左手には木の板が握られていた。


「これは私の加護の一つ、『羽子板』だよ!」


「羽子板……」


「召喚は慣れれば簡単だったよ!イメージして、あとは召喚したいものを唱えるだけ」


「なるほど」


 総司は羽子板についても色々聞きたかったが、今は己の能力を試してみたかった。


「リリース『ホウキ』」


 ポンッ


「出、出た……」


 輝きと共に、総司の右手にはホウキが現れた。どこからどう見ても普通の竹箒だ。


「おお、やるね!こんなすぐ発動できるなんて!」


「だろだろ、これが俺の力だ!!」


 褒められて嬉しくなった総司は、ホウキを高く掲げた。隣では、寿が両手を合わせてパチパチと拍手してくれている。


「って、これは本当に戦いに使えない能力だな」


「ははっ、いいじゃん別に!少なくとも、今必要なのは戦闘力じゃなくて、掃除スキルだよ」


 寿の励ましを聞きながら、総司はふむと考える。


「掃除、するか」


「だね!!」


 それから午前中の間は掃除に取り組んだ。手分けした方が早いということで、寿が一階、総司が二階を担当する。




 ……が、三時間後、正午ぴったり。


 総司は寿の前で正座していた。場所は二階。


「で?総司君、私は一階の掃除があらかた終わったんだけど……」


 そう言って、寿は二階の惨状を見渡した。


「掃除はどうなったのかな?」


「……てへっ」


 寿の瞳に映るのは、三時間前よりさらに散らかったニ階のフロアだった。


 廊下には女性モノの服や、空っぽの段ボール、折れ曲がってつかいものにならないバールに謎の狸の置物、どこから出てきたのか扉の取れたタンスなんかが転がっていた。


「そ、う、じ、君? まさか、大掃除の加護持ちなのに掃除が出来ないなんて……」


 そこまで言うと、寿はため息を吐いた。


「はい、ちょっとずつ、ちゃんと責任を持って綺麗にするので、このまま置いておいてください」


 寿の少し怒りの篭った声を聞いたからか、総司は冷や汗を流した。


 すると、総司の誠意が伝わったのか、寿は切り替えて笑った。


「はぁ、もういいよ!総司君、これから森に昼飯を『狩り』に行くけど、ついてくる?ついてきちゃう?」


「狩りに……?」


「うん!日本人にとってはあまり馴染みがないけどさ、でも、こっちの世界だと普通のことだから!」


『狩りか……正直、気になる』


「行くぞ!俺も」


 かくして、掃除もそこそこに二人は森の中へと足を進めるのだった。

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