第4話

「改めまして、総司君、よろしくね」


「ああ、よろしく頼む、寿さん」


 召喚部屋から飛び出した二人は、そのまま大きな城の中を散策し、適当に服や靴をあさり、身支度を済ませてから、生まれた屋敷の外に飛び出していた。


 そこは白銀の世界だった。


「はぁ……」


 吐いた息が白い煙になって空に上がる。


「すごい雪化粧でしょ!? 毎日ものすごい厚化粧なんだよ」


 総司の隣で、寿が同じように白い息吐きながら、笑う。


「ほんと、前世の家はあまり雪が降らない地域だったから、新鮮だよ」


 二人は、雪の上を横に並んで歩いていた。


「そうだ、総司君!君にはこれから私の家に来てもらいます!」


「寿さんの家に?」


「うん!私もしばらく帰れてないんだけどね……ここからは少し遠いけど、悪くない所だよ」


「少しってどのくらいなんだ?」


「うーーん、そうだね、徒歩だと二日位かかるかな?それより、たどり着く前に凍死しちゃうかも!」


「え、えぇ……」


 街の中は、総司がこれまでに生きてきた世界とほとんど変わりがなかった。極寒の地ではあったが、商人たちは大きな声で客引きをし、子供が元気に走り回っている。


 それから、総司は言われるがまま寿の後に続き、気がつけば立派な店屋の前まで来ていた。看板には可愛らしいトナカイの絵が描いてある。


「ここは?」


「ここはトナカイタクシーの貸出センターだよ!『クリスマス』の加護で生み出されたトナカイたちの貸し出しをしてるんだ」


 よく見れば、厩戸のような建物の中にトナカイが数匹繋がれている。そばにはトナカイにつなぐのか、ソリのようなものもセットで準備してあるる。


「すみませーん」


 寿は、センターの中に向けて大きな声を響かせる。


「へいらっしゃい……って、寿の嬢ちゃん!?」


「あっ、おじさん!久しぶり!」


 薄くなった頭をぽりぽりかきながら、一人の男が出てきた。


「なんだ、帰ってきてたのかい」


「うん!前線は他の日本人に任せてきたよ!私はしばらくお休み」


「そうか、若いのに苦労させてすまねぇな」


「いいんだよ!おじさん!それが私の役目だからね」


 寿がそう言って胸を張ると、それに呼応するように、豊満なボディが上下に揺れる。


「おやおや、いつもありがとう」


「……? だから、気にしなくていいって!」


 おそらく今のありがとうは別の意味だろうと察しつつも、同じ男として総司は何も言わない。


「それよりさ、トナカイと二人乗りのソリお願いね!」


「おっ、家に帰んのかい? 嬢ちゃんもこっちに住めばいいのに」


「いいの!私はあそこが過ごしやすいからさ」


 繰り広げられる会話から、二人がそれなりに面識のある関係だと分かる。それからしばらく総司を置いて談笑が進み、最後におじさんが鍵を放り投げた。


「はいよ! 気をつけて帰んな」


「ありがとね!」




 それからしばらくして、二人は街から飛び出して、道なき道を疾走していた。


 冷たい風が二人の顔を直撃する。


 寿は、ソリの上で両手を挙げた。


「ヨーソロー!!」


「ヨー……いや、それは船で言うやつだろ?」


「細かいことは気にしないの!ヨーソロー!」


 寿はエンジン全開で、ソリの疾走感を楽しんでいた。ちなみに、引いているのはトナカイ。そして、御者はいない。


「すごいなこのトナカイ、なんの指示を出さなくてもちゃんと意思を持って進んでる」


「まあね、この子たちは『クリスマス』の加護で生まれた子達だから!この鍵さえ持ってれば、いうことを聞いてくれるんだ」


 そう言って、寿は先ほどおじさんから受け取った鍵を総司に見せた。


「加護……か」


 さっき、黒姫たちに『無能』と言われた自分の加護のことが脳を駆け巡る。

 そんなおセンチな気分など気にせずに、寿はズカズカと土足で総司の心に立ち入る。


「そういえば、無能って言われてたけど、総司君はどんな加護なの?」


「あの……寿さん、たまにデリカシーないとか言われない?」


「かなぁ?まあ、この世界でデリカシーとか、気を遣うとかしてたら生きていけないからね!」


 そこまで言うと、寿は、少し真面目な顔をして総司を見た。


「白姫ちゃんも、男鹿君も、別に総司君が嫌いってわけじゃないと思うんだ!」


「え、」


「変に自分の実力を勘違いして、そのまま無茶して死んじゃう日本人、結構いるんだ。だから……」


「俺に実力を分からせた、と?」

 

「うん! 許してあげて……とは言わないけど、恨まないでほしいな」


 寿は、上目遣いで隣に座る総司の方を見た。


「いや、そんなこと言われてもな……」


 と言葉と同時に、チラリと寿と目があった。


『かわいい……』


 総司は、自分で思った以上にちょろかったらしい。


「分かったよ、恨まないようにする。それから、俺の加護は『大掃除』掃除道具を召喚するって加護だ」


 それを聞いて、寿は目を輝かせた。


「いいね!掃除道具召喚、今から行くところに最適な加護だよ」


「今から行くところって、寿さんの家か?」


 尋ねた総司を無視して、寿は続ける。


「それに、私、思うんだ。『大掃除』はきっと強大な力を持った加護だって。だから、きっと……掃除をすることだけが君の加護じゃない」


「……つまり?」


 総司の問いに、寿は「えっとぉ」と頬をかいた。


「総司君はきっとすごい!!だから、落ち込まないで!!」


 寿は大きな声で無理やり結論づけた。そんなめちゃくちゃな話でも、総司は寿が自分を元気づけようとしてくれていると感じ、嬉しかった。


「ありがとう。寿さん」


「……へへっ、いいってことよ!」


「この恩は、いつか必ず……」


 そんな会話をしてから半刻。太陽が西の空に傾き始める頃、走り続けていたトナカイが脚を止めた。


「ここが……」


「そう、私の家だよ!!」


 総司と寿は、二階建ての大きな屋敷の前に立っていた。外から見ただけでも、窓が七つある。ほんのり肌色の壁面に、白い屋根……そこからは煙突が見て取れる。


「えっと……何人暮らしなんだ?」


「……?一人だよ」


「一人暮らしかぁ……」


 そこで、総司はバッと寿の方を見た。


「一人暮らしなのか!?」


「う、うん?どうしたんだい急に」


「いやぁ……つまり、それは」


 寿は総司に家に来るように言っていた。そして、事実としてここまで二人できたわけだが……その家には誰もいない。つまり、男女二人が一つ屋根の下に暮らすわけだ。


 そこで、寿が斜め上な勘違いをした。


「あっ、もしかして私と二人きりは気まずかったかな??」


「いえいえ、滅相もございません」


「なぜに敬語!?」


 いつものテンションで大袈裟にリアクションをとった寿は、ゴソゴソとソリの荷台から荷物を取り出した。


「ほら、トナカイさんたちはこの辺で自由にしてあげてさ、入ろっか!私たちの家に」


「私たちの……家」


 総司は、もはや自分の加護のことなどどうでも良くなっていた。なんなら、男鹿に貶されて怒っていたことも。


「私たちの家」


 そう繰り返しながら総司が横目で寿の方を見れば、彼女は変な鼻歌を歌いながら、トナカイから取り出した荷物を抱えていた。


 トナカイは呑気に地面に生えた草を食べている。


「あの子と一緒に暮らす……家」


 そんなことを言われては、庭に無尽蔵に生えたツタや、割れた窓ガラス、剥がれかけた壁面など気にならない……むしろ、愛着すら湧いていた。


「って、よく見ると結構ボロいな」


「ん?何か言った?」


「い、いや、何も!」


「そう?ならいいんだけど……ほら、行こっか!」


 こうして総司は、街から遠く離れた僻地の寝床(美女つき)に住むことになった。


 

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