第3話
「なんで、なんでこんな目に……」
そんな絶望の声も、誰の耳にも届かない。
総司は身を襲う寒さと、スカスカな心で、もはや何も考えられなくなっていた。
「なんで、なんだよ……」
その時だ。
この部屋に唯一あったドアが開け放たれた。
ヒーローは遅れてやってくる。いや、総司がそう感じただけで、実際、『無能』と言い放たれてから五分も経っていない。
「こんにちは!!新しい日本人が来たって噂、本当だったんだね!!」
光と共に、放たれた元気な声。
総司が眩しさで目を細めながら扉の方を見ると、そこには黒髪の美女が立っていた。
「誰……だ?」
「おやおや、泣いているのかい?」
女の子は、ツカツカと歩いてくると、総司の目の前に立った。
「私の名前は、寿(ことぶき)!!君と同じ、日本人さ」
「こと……ぶき?」
「よろしくね!えっと……」
「総司、だ」
「総司君!!」
寿は、そう言って総司の手を取ると、引き上げた。総司の体も否応なしに起き上がる。
「もう、こんな寒いのに裸なんて、君、そういう性癖なの? いくらなんでもダメだよ、この国じゃ風邪ひくよ」
「いや、これはこっちに来て裸で……」
「あっ、なるほど! じゃあ……」
寿は黙って、己が羽織っていた毛皮のコートを、総司の体に巻きつけた。じんわりとした人肌の暖かさが総司が包み込む。
「あった……かい」
「でしょでしょ?君のためにあっためといたんだよ!!……なんてね」
そう言いながら、寿はテヘッと舌を出した。その動きをする中で、コート越しでは分からなかった彼女のスタイルの良さが伺える。
すると、一気に空気を変えた寿に、男鹿がメンチを切る。
「おい寿、変に気を使う必要ねぇぞ、こいつは所謂『無能』だ。なんの戦力にもなれやしねぇ」
男鹿は相変わらずものすごい圧を出していたが、寿と名乗る女性は全く気にした様子もない。
「ひっどーい、男鹿君、そんなだから私にフラれるんだよ」
「フラれ……いや、そんなもん関係ねぇだろ!」
「あるある。大ありだよ! 今は肉食系より草食系、犬系ってのがモテるんだよ!」
「犬系……? なんだ、なんでわんころが出てくるんだ?ああ?」
一人でパニックになる男鹿を置いて、寿は白姫の方を見た。
「ねぇ、白姫ちゃん」
「なんだ、寿? 残念ながら、其奴が無能であることは事実じゃぞ?」
すると、話は本人を置いてコロコロと転がっていく。そして、一度転がり出したらもう止まらない。
「なら、私にちょうだい!総司君!大切にするからさ」
「……!?ちょうだい?それってどう言う」
総司は聞くが、誰も聞く耳を持たない。
「大切に……か、いいじゃろう。好きにすればよい」
本人の意思を無視して、簡単に決められる所有権。
「やった! じゃあ、行こっか総司君」
「え!?こと、寿さん?」
寿は、問答無用という感じで、総司の腕を引っ張って前へと進む。
何が何だか分からない。ただ、総司は確信していた。この薄暗い世界より、彼女と歩む明るい世界の方が間違いなくいいと。
こうして総司は薄暗い部屋から、外へと飛び出したのだった。寿という女性に連れられて。
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