3 超能力者と闇夜の六等星‐1
ガシャン。
シャッターが閉まる。響いた金属音に、コータが首をすくめた。
真っ暗になった空間に、突如明かりが灯る。蛍光灯ではない、どこか暖かい光。
鉄砲の形にした右手人差し指の先に、宝石みたいな光を宿して、
「――それで、何があったのか、もう一回ちゃんと教えてくれる?」
指先の光を乱反射して輝くペリドット色の瞳は、落ち着いた口調とは裏腹に、戸惑いに揺れているように見えた。
昨日――7月31日――私、
そして、その音声の中で知らない男――おそらく犯人――の放った言葉。
『その誰かは、君だよ――海乃洸太』
そこでメッセージは途切れていた。
無論、男の言った名前の人間――コータは何の被害も受けていない。彼は私と一緒に歩いていた帰り道の途中で、そのメッセージの通知に気づいたのだ。
私たちは状況を把握できないまま、それでもなんとかその場で、ユウヒやコータと仲のいいアカシに、コータのスマホから連絡を入れた。アカシからもユウヒへ電話やチャットのメッセージを送ってもらったが、返信はおろか既読すらつかなかった。一応は女子中学生の私と、同じく中学生男子のユウヒは連絡を頻繁に取り合うわけではなかったので知らなかったが、コータの言うところによれば、ユウヒはいわゆる即レス勢――返信がめちゃくちゃに速い人で、メッセージを送ればいくら遅くとも3分で(爆睡していない限りいつでも)返信が来るそうだ。コータとアカシは口を揃えて、ユウヒが5分経ってもメッセージを見てすらいないだなんて絶対おかしいと言った。
警察には行った。そりゃ当たり前だ。クラスメイトが誘拐されたのだから。
コータの私は最寄りの交番まで走った。
幸い警官はいた――が。
取り合ってもらえなかった。
事情を話すとその警官は私たちの方をちらりと見て全く最近の若者はと言わんばかりの顔をした。「こんな悪戯をして、君たちは――」
その後何を言われたのか、私は覚えていない。でもそれはその時の――そして今も――私に、大人なんか二度と信用してやるかと思わせるようなものだった……と微かに記憶に残っている。コータも隣で同じ表情をしていた。警官の心情透視をするのも忘れて。
いや待ってよ。おかしいでしょ? 交番を出て、怒りと絶望とが入り混じった頭で考えた。証拠になりそうな例の音声メッセージも聞いてもらって、誘拐された子が狙われてたんじゃなく、ここにいる海乃洸太と誤認されて攫われたんだっていう話も――――。
「――あ」
「……うん、きっとそう」と、コータが左手の親指と小指を立てたまま言った。これは彼が心情透視を使うために必要な動作だ。コータは続けた。
「誤認して誘拐なんて、しかも狙った子供と喋るまでして間違えるだなんて、ありえないって思われた――だろうね」
そうだよ。そうだ、けど……!
「けど、これはありえないことじゃなかった。……起きてる、から」
……うん。じゃあ、どこに頼れば……?
「……学校は?」
うーん。確かに、学校からの帰りに、なんだから――というか中学生なんだから普通はそうする、よね。でも、何か……なんだろう。なんだか分からないけど違和感が――あ、
「――先生」
「……うそ、だろ……」
能力を発動させた左手はそのままに、右手で目にかかる前髪を押さえるコータ。
そう。残っていた音声には、『その誰かは、君だ――』とあった。通り魔的に攫ったのならこんな言葉を、こんなに落ち着いて言わないと思う。犯人は待ち伏せをしていたんだ。
そして――待ち伏せができるっていうことは、狙っている
そして、その時刻を誘拐犯に伝えることが可能だったのは――生徒が学校を出る時刻を知りえたのは、私たち自身を除けば、今日職員室にいた3人の先生だけ。
つまり。
「誰か――あるいは3人とも――が、犯人に時間を伝えた。加担、してるんだ」
――残酷な事実を、舌にのせて確かめるみたいに、自分に言い聞かせるように。
大人は私たちに、安心を与えてなんかくれないんだ。
コータが、崩れるようにしゃがみこんだ。
「コータっ! 大丈夫か⁉」慌てて私は言った。
喘ぐような息が聞こえた。大丈夫なはずがない。友達が――親友が攫われた。それに、誘拐犯たちの計画がその通りに進んでいたら、誘拐されるのはコータだったのだ。
コータがなんとか落ち着いてから、私たちは再度アカシに電話して伝えた。
リサにも、私から全部話した。そして、最後に言った。
今、頼れるのは、ユウヒを助けるために動くことが可能なのは――
エスパーメイト! ――心情透視能力者誤誘拐事件――
エスパーメイト! ―心情透視能力者誤誘拐事件― 黒金 海月 @kurage_kurogane
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