2 超能力者と夕焼けの信号機 ‐3

 ――銃だ。

 あの男、銃かそれに似た何かを持っている。

 その形がはっきりと見えたわけではない。しかし、男はオレを視界に捉えた瞬間、服の上から不自然な動きでポケットに手を当てた――まるで、今から使う武器が、ちゃんとそこにあるか確認するように。

 どうしようか。どうしたらいい? 状況が飲み込めないままの頭でオレは考える。


 周りに人はいない。回り道できるような道もない。

 このままUターンして引き返すか?

 ――いや、無理だ。男は確実にオレを認識している。引き返すにはあまりにも近づきすぎた。相手は銃の可能性が高い。走って逃げきるのはおそらく不可能。


 ――なんとか、捻り出した結論。

 それは「素通り」。相手が行動を起こす前に、何もなかったことにして通り過ぎてしまう。それ以外に方法は思いつかなかった。

 それに、少し冷静になってみれば、普通に考えて銃を持った男が交差点で待ち伏せているのが、オレみたいな男子中学生のはずがない。図書室ではあるがさっきまで学校にいたオレは、制服のカッターシャツ姿。どう見ても中学生。きっと大丈夫だ。


 オレは男の前を、努めて堂々と通り抜けようとする。

 ――――と。


「――そこの君」

「――――ッ!」

 全身の血液が沸騰したみたいに脈打つ。自分の心臓の音が痛いくらいに響く。

 なんだ、オレ何か怪しかったか? いやそうじゃない。声を掛けられただけでこんな挙動不審になる中学生なんて、それまでの動きがおかしくなかったとしたって、これだけで怪しさしかなくなる。やってしまった。

 とはいえ、ここで答えなかったらさらに怪しい。オレは震える唇でなんとか言葉を絞る。

「え、えっと……こん、にちは……?」

 ――オレの馬鹿! 何が、こんにちは? だ。

 これはこの後の展開と場合によっちゃ撃たれるかもしれない。俺のことを知ったからには生きては返さねぇ、みたいな感じで。何か抵抗に使えるものはないかとスラックスのポケットを探るが、そんな都合のいい話はなかった。親への連絡用に持っていたスマホくらいはあったが、今はその操作もできない。

 ああ、こんなことになるならコールドリーディングなんか覚えるんじゃなかった。

 コールドリーディング……それは、相手の挙動や口調から相手のことを読み取る技術だ。これを練習していなかったら、銃の存在すら気づかずに通り過ぎていたことだろうに。

 オレは、才能がないから努力するしかない。だけど今は、そうやってしてきた努力さえ、オレに牙を剥いているようだ。


 男はゆっくりと口を開く。

「――やあこんにちは。それにしても、そんなに慌てて、どうしたんだい」

「……えっと、その、何をしてるのかな、って……」

「ふむ。僕が気になるか――何をしようとしていると思うかい?」

 キャップの下の目が、オレを見定めるように細められた――ような気がした。


 何をしようとしていると思うか?

 ずいぶん変わった言い方をする。何をしているか、ではなく、か。

 今すぐ逃げたいところだが答えなきゃどうなるか分かったもんじゃない。さっき呪ったばかりのコールドリーディングを総動員して、オレは考える。

 多分、考えていた時間は二秒もなかっただろう。気づけば、コールドリーディングをしようとするときの癖で、人差し指をこめかみに当てていた。そんなことしても、何の意味もないのに。


 ポケットを触る不審な動き。

 おそらくは持っている銃。

 マスクで隠した口元。

 深くかぶったキャップ。

 余裕のある態度、試すような口調。

 乗ってきたのであろう、エンジンのかかった黒い車――。


 その車のナンバープレートを見たとき、憶測は確信に変わった。


 オレはその確信さえ思い違いで、オレのコールドリーディングの未熟さの産物であってほしいと願いながら、それでも――


「あなたは『誰か』を待っている。だけど、その『誰か』はあなたのことを知らないし、あなたは自分のことをその人に知らせる気はない。――そして、その『誰か』が来たら、あなたはその人と一緒にどこかへ行くんでしょう――――持ち主が特定できない、その車に乗って」


 覚悟して、一息で言い切る。

 ――それは、だった。


 レンタカーを交差点に停めておく理由――電話か、車の故障か――これらは簡単に否定できる。男は電話を手にしていないし、車のエンジンは正常にかかっているようで、他にも車に異状は見当たらない。


 そこで残る可能性。

 ――


 男は目を見開いて、そして言った。


「君は、? そうだよ、君の言ったとおりさ。

 そして――――」


 オレはこの時ほど、自分の行動を後悔したことはない。


 男はポケットに突っ込んでいた手を抜きながら、素早く間合いを詰めてきた。

 その手に握られていたのは――――


「――ッ! 痛……っ――」

 一瞬にして身体の自由が奪われる――睡眠薬、か――?

 銃じゃなかったのか、読みが、外れたな――。

 意識が遠のいていく中で、その声はやけに鮮明に、耳に残った。


「その『誰か』は、君だよ――


 ――――コー、タ……? なんで、アイツの名前を――。

 ちがう、オレは、おれは――――。


 ――――視界はだんだん狭くなって、やがて闇に塗り潰された。

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