2 超能力者と夕焼けの信号機 ‐2
学校に着いて、校舎の壁に設置された時計を見る。
二時十分を回ったところだった。まさか四十分もかかるとは。それを見越して早めに出てきたはずだったというのに、これじゃミチルに怒られるな。
それにしても重い……重すぎるぞこのリュック。近頃の小学生のランドセルが重すぎることが問題になっているらしいが、彼らはこんな思いで通学しているのか。オレの弟も意外に大変なのかもしれない。小学生になぜだか同情しながら校舎に入り、目的の図書室を目指す。
が、その前に行かなければいけない所がある。職員室だ。夏休み中は何日か図書室が開放される日があり、生徒が自由に使えるようになっているが、使う前には職員室に寄って申し出る必要があるのだ。二階の突き当たりの図書室までの途中に、その部屋はある。ガラガラと戸を開け、声を上げた。
「失礼しまーす。三年の瀬名です。図書室、勉強で使いますー」
部屋を見渡すと、先生は三人いた。電話の対応中なのは教頭先生。プリントをまとめている可愛い系女性教師は一年担任の
「先生も仕事っすか。大変なんすね、教師って」
「瀬名くん……俺今、君たちの進路関係の資料やってるとこなんだよ……」
あ、そうっすか。
「ま、俺も頑張るから瀬名くんもファイト、だ!」
矢麻田先生は体育会系、というのとはちょっと違うと思うがこういう感じの人だ。言われなくても、オレは今日頑張るためにここに来てるんだから心配ご無用。最強ワード「おぁっす」――これは「ありがとうございます」と「お疲れ様です」を混ぜたもので、どちらもまともに発音していないのにどちらにも聞こえ、そして大抵の場合は文句も言われない優れものだ。オレも返事に困ったらとりあえず使っている――を返しながら職員室を出る。
図書室の前まで来て、戸に手をかけ、ふと開けるのをためらう。ガラス窓の向こうに見えるコータとミチルは、六人用の机で向かい合って既に勉強を始めている。だったらとっとと入って遅れたことの謝罪でもすべきなのだ。――なのだが。
……いい
オレが行ったら邪魔になるかもという葛藤を(なぜ勉強会を言い出した本人である俺が葛藤しなければいけないのかはさておき)振り払って戸を開けた。
「ユウヒぃ……遅い……、助けて英単語の波が……」
開口一番息も絶え絶えにオレを責め、続けてなぜだか助けを求めてきたのは、意外にもコータだった。コータがこんな風になるとは珍しい。一方のミチルはオレに気づくと、コータに教え込んでいたのであろう英文の書きつけられたノートから視線を外し、コータを一瞥してから、今からお前もコイツと同じ目に遭わせてやろうかと言わんばかりに口の端を上げた。イイ表情……じゃなくて待って怖いって。
Sだったのかミチル。それもドS。まさか英文で英語苦手星人をいじめる趣味があったとは。怖ぇなおい。
案の定ミチルは、にやりとした笑みを浮かべたまま言った。
「ほら、ちょっと遅れたからって勉強しなきゃいけない量は減らないよ? 私は提出しなきゃいけないのはもう終わったし、苦手なとこがあるなら見てあげるからねぇ?」
ひぃい。前言撤回。あれはいい絵面なんかじゃない。静かに浮いているように見える水鳥も、水面下では足で必死に水をかいてなんとか浮いている――みたいなことわざか何かあっただろう。白鳥の水搔きだっただろうか。……違うか。まあ、そんな感じのやつ。あれだ。
提出課題が終わったというミチルだが、きっと勉強会の連絡があってから今日まで、一日の間にほとんど終わらせたのだろう――オレたちを英文でいじめるために。
まあそうはいっても、ミチルの英語の成績はトップクラスだし、暗記ばかりの社会などでも、流石に脳内に辞書を持つレベルのリサには敵わないとはいえ、結構な高得点を取っている。スパルタだろうがアテネだろうが、教えてもらったことにオレたちが ついていければ損はしないはずだ。
「――ってあれ? 百科事典さんは?」
「リサなら声かけたよ。宿題になってる範囲の教科書は全部憶えたから、一人でやった方が断然早いって断られたけど」
「まあ、そうか。人にわざわざ聞かなくても思い出せばいいんだもんな」
中二病っぽいと本人も認めるポーズをしながら、脳内の記憶を引っ張り出す百科事典さんことリサの姿が脳裏に浮かぶ。
……確かにあれは一人でやった方が都合が良さそうだ。
そんなこんなで、俺たちはこの後たっぷり二時間以上、酔いそうなほどの英単語の海を泳ぐことになったのである。
「うえぇ、この後塾かよ……こんなに勉強したってのに」
あと十分ちょっとで五時になる。オレはこの後、五時半からの塾に行くため、もうそろそろここを出なければいけない。
「悪ぃ、オレ行くわ。じゃーな」
「おっけー、じゃあねユウヒ! ちゃんと勉強しなよ?」
「……バイバイ、ユウヒ」
二人に挨拶して図書室を出る。職員室に寄ると、オレたちの進路の資料を作っていたという矢麻田先生は帰ったようだった。おつかれさまっす。
職員室に残っていた先生に軽く挨拶を終えて生徒玄関から出ると、五時ちょうどにバスが来るバス停へと急ぐ。あそこに見える交差点を渡った先だ。
――ん?
珍しいな。交差点に車――黒い車が停まっている。車の脇には、マスクをしてキャップを深くかぶった人が立っていた。背格好からして、多分男。何か探しているのか、辺りを見回しているような感じだ。
――――刹那、背筋に冷たいものが走った。
車にもたれかかった男の、動作。ポケットに当てた手。
あの動き――――銃だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます