伝説の剣? ~D&Ts

Tempp @ぷかぷか

第1話

「なぁドルチェ。この先の山にさ、最近伝説の剣ってのが刺さったんだって」

「最近?」

「うん。俺、抜けたらかっこよくない? 抜けたら伝説の勇者になるんだよね?」

「馬鹿じゃねぇの? それは御伽噺だろ。それに『最近伝説の剣が刺さる』っていう文脈に違和感を覚えねぇのかよ」

 寝起きに飛び込んできたタリアテッレに、ドルチェは盛大に溜息をついた。

 ドルチェの眼の前でキョトンとする男、タリアテッレの人当たりはよく、わけのわからない話をよく拾ってくる。そしてその3割くらいはこの善良な男をカモろうという輩だ。そして実際、よくカモられるものだから、タリアテッレは何かあればまずドルチェに相談することにしている。この間も既に巨漢だというのに身長が伸びる薬を買わされ、ドルチェがゴネて事なきを得た。その金子がなければ旅が心もとないのだ。


 ガタイのよいむくつけき戦士タリアテッレとあまり日の光にあたってなさそうな小柄な召喚術師のドルチェは幼馴染で、ドルチェは口には出さないが、冒険者になるというタリアテッレが心配すぎて一緒についていくことにした。そしてすでに大分の時間が経過している。

 そして二人にとって伝説の剣は馴染み深い。伝説の剣を岩から抜いたフレイリヤが勇者になったと言う話は、二人の郷里では有名な御伽噺で、よく寝物語に聞かされていたからだ。


「そんでお前が勇者になれるとしてさ、勇者って何するの? この辺りには魔王なんざいないぞ」

「んーと、かっこいい?」

「そのためにわざわざ山に登るのか?」

 タリアテッレが指さした山は遥かにかすみ、往復すれば一週間はかかりそうだ。金子が全くないわけではないが、物見遊山で1週間分の費用を溶かすほど余裕はない。そもそも路銀を得るためにこの街で留まることにしたのだ。

 けれども二人の旅路には特に目的地があるわけではない。ドルチェはそういえばと思い出す。タリアテッレは村を出る時に勇者になりたいと言っていたことを。小さなため息が漏れた。

「仕方ないな。ギルドで丁度いいクエストがあれば考えてやる」

「おっ! ありがとう!」

 そして絶妙に丁度よくないクエストが見つかった。山中の道を奇人が昼夜を問わず通せんぼしているというのだ。周辺の人が集まって依頼を出していて、その奇人を退去させれば少々の金が入る。往復を考えると雀の涙も残らない金額だが、嬉しそうにその依頼書を持ってきたタリアテッレにドルチェは頭が痛くなった。


「俺たちはこっからの路銀を稼がないとならないんだぞ。行って帰って残らないじゃ意味がない」

「ええー」

「それに退去ってどうするんだよ」

「出ていってもらえるようにお願いする?」

「そんなんで出ていくなら、わざわざギルドに依頼なんてしないだろ」

 けれどもその依頼書でいくつかわかることがあった。

 問題の山は細い道を辿ればその先の他の村に繋がっている。そのような小さな山村をいくつか経由していけば、やがて大きな街に繋がっているらしい。もとよりあてのない旅だ。道が抜けられるなら無駄な往復はなく、それはそれでよいだろう。ギルド同士はシステムで繋がっていて、依頼をこなせば他の街でも報酬は受け取れる。

 それから間違っても死にはしなさそうな話だ。何故なら依頼書の危険性ランクが最低限になっている。村人も恐らく怪我などはせず、ただ絡まれるのが鬱陶しいだけなのだろう。

 ドルチェは収益性のなさと危険性のなさと旅の気楽さを天秤にかけ、他のいくつかの汎用的な採取依頼とともにカウンターで受付をした。

 そうしてすぐに後悔した。


「はっはっはー。ここを通りたくば俺を倒して行けぃ」

「これは鬱陶しいわ」

「ドルチェ、俺戦っていいの?」

「好きにしろ」

 途中で2泊しつつその山道を登っていると、唐突に小屋が立っていて、怪しげな男がラッパを吹きながら現れた。山村は狩猟を生業にする者も多い。これでは鳥獣が逃げてしまうだろう。ドルチェは依頼主の迷惑を考え、わずかに同情した。道ということは人が通る。依頼書からは誰彼問わずこのように喧嘩をふっかけている様子が見てとれる。

 ドルチェは男を観察する。どこから突っ込んでよいのかわからないが、それはよく物語にでてくる噛ませ犬的中ボスを彷彿とさせる姿をしていた。つまり、ヘルメットにはボアからでも取ってきたのか2本の角、山賊風のベストに二の腕を丸出しにしていてショートマントを羽織っている。

 タリアテッレがこの男に勝てるのかは分からないが、そのテンプレ過ぎる姿にドルチェが違和感を覚えている間、戦闘が始まった。タリアテッレは本来剣で戦う戦士のはずなのに、何故か徒手格闘だ。雰囲気に乗せられたのだろう。

 タリアテッレと男はがっぷり4つに組み、ぐぬぬなどと声を上げている。


 馬鹿馬鹿しくなったドルチェは先程から妙に気になっていた小屋の方に足を向けた。そうして、やっぱりな、と呟く。

 そもそもこんな寝物語にでもあるようなテンプレート構文を実行しようとする人間などいないのだ。それに一人でずっとここを通せんぼしているということは、他のことが何もできないに等しい。昼夜問わず居座っているということは、食料を確保したり睡眠を取ったりすることも。

 タリアテッレは小屋を調べ、おおよそのことを理解し、その召喚術でとある妖精を呼び出した。

 そして小屋の外に出ればタリアテッレと男が土まみれになっていて、ドルチェはますます面倒臭い気分になった。けれども構文に従うなら待つしかない。何故ならドルチェには、この泥試合に混ざる気分は一切なかったからだ。

 そしてタリアテッレは力尽きて負けた。


「はっはっは! 次はそちらのお前だな」

「だめだ! ドルチェだけは!」

「糞面倒臭ぇ。力比べは俺の負けだ。おい、お前が自称『伝説の剣』だろ」

「「えっ」」

 ドルチェの言葉にタリアテッレはムクリと起き上がる。素手の格闘で怪我をしていないのなら、倒れていても単なる疲労だ。

「その証拠に、小屋の中に岩に刺さった剣があった」

「ぐぬぬ、卑怯な。けれども俺を倒せなければあの剣を抜くことなど」

「そういうのはいいからさ、早くその馬鹿に抜けるか試させろよ」

「何故だ? 俺を倒せなければぬけないぞ? それでも良いのか?」

「知らねェよ」


 小屋はの中は土間だけで、板の間はない。そのど真ん中に剣の刺さった岩がある。おそらく雨晒しにならないよう、剣を中心に小屋を作ったのだろう。タリアテッレが岩に張り付くように生えた、剣というには小さな握りをキエーとかトリャーとか唸りながら引っ張っている。間抜けな光景だ。

 ドルチェとしては男が抜けないというなら抜けないのだろうとは思っていたが、タリアテッレに試させなければ折に触れて愚痴愚痴言われる未来が見えていた。

「おいタリアテッレ、もういいだろ。諦めろ」

「うーんもう少し」

「お前、俺を倒せなかったんだから無理だぞ」

「え? そうなの?」

「多分な。さて剣。お前は抜かれたいんだろう?」

 男は腕を組んで考えるそぶりをした。ドルチェは多分考えてはいないのだろうなとあたりをつけた。だから待っても意味がない。

「俺が抜く」

「ドルチェに抜けるわけないじゃん」

「そうだぞ、俺を倒さなければ抜けるはずがない」

 ドルチェは行く手を男が遮ろうとする暑苦しい男に舌打ちし、先ほど召喚しておいた鈍色の妖精を近くに呼び出す。


「これは錆の妖精でな。錆びたくなければ」

「申し訳ありませんでした! お試しください!」

 男はあられも無く土下座した。剣、つまり刃物に錆は厳禁である。わざわざ小屋を建てたのも、雨ざらしを避けて錆を防止するためだろう。

「念のため尋ねるが、お前は抜かれたいんだよな」

「勿論です、ですが」

「お前、勇者フレイリヤが持っていた果物ナイフだろ」

「何故それを」

「勇者フレイリヤの紋章が尻についてるからな。その紋章が刻まれるのば勇者フレイリヤの所持品だけだ。それに形が果物ナイフだ。それから岩に刺さった剣というのは、必ずしもフレイリヤみたいに力付くで抜く必要はない」

「「何だってぇ!」」

 ドルチェは面倒くさそうに何事かを詠唱し、土の精霊を召喚する。それをナイフの刺さった土に混ぜて柔らかくすれば、するりと剣は岩から抜けた。ついでに刃に僅かについた錆を錆の精霊で落としてタリアテッレに渡す。

「凄い。でもこれじゃ伝説の剣じゃないんじゃ」

「そもそもナイフは剣ではないだろ。勇者のナイフだ、よかったな。」

「伝説が……」

 何故だか男は打ちひしがれていた。

 ドルチェは勇者フレイリヤのナイフだとはしゃぐタリアテッレを見て、何だかな、と思った。そういえば郷里でタリアテッレはフレイリヤの話が好きだったと思い出し、そういえばタリアテッレのなりたい勇者はフレイリヤなんだろうかと思い起こす。


「おい。お前らの勘違いを正してやる」

「「勘違い?」」

「フレイリヤはその剣で魔王を倒したから伝説の勇者フレイリヤとなり、その剣も伝説の剣になったんだ」

「そうだよ?」

「だからお前がその果物ナイフで魔王を倒せばお前は伝説の勇者になるし、お前も伝説の果物ナイフになる」

「「伝説の果物ナイフ……」」

 タリアテッレも男も揃って微妙な顔をした。タリアテッレはともかく、男が果物ナイフなのは如何ともし難い。


「ところでお前は何でこんなところにいるんだ? 確かフレイリヤの故国はメイグローサ王国だ。その宝物庫にいたんじゃないのか?」

「それはそうなのですが、メイグローサの遥か東部に新しい魔王が生まれたんです」

「何っ⁉︎」

 タリアテッレがいきり立つが、ドルチェはスルーする。

「それでその魔王が前勇者のフレイリヤの遺物を奪い去り、王国が壊滅しました」

「そんでなんでお前はここにいるんだ」

「それがその、魔王はいらないと思った武具や道具は持ち帰らずに、適当に転移の魔法で各地に捨てたらしく、俺は気づくとここにいました」

 ドルチェはなんとなく理由に思い付いた。フレイリヤの遺物はこの果物ナイフですら喋ることができるほど、フレイリヤの魔力を帯びている。ということは恐らく、他の重要な武具道具を従えるにはそれなりの魔力リソースというものが必要だ。だが魔王と自己主張する奴は、このナイフ男を保持するほどのリソースが保たなかった。

 そもそもその魔王は、前勇者の武具を気にするほど弱い。ドルチェはそう結論づけた。


「勿体無い。ねぇドルチェ。その魔王を倒しに行って勇者になろうよ」

「駄目だ。その前に誰かが倒す」

「ええ。行ってみないとわかんないじゃん」

「お前も相当修行すれば倒せるのかもしれんが、それ以前の問題だ」

「何で何で!」

「……路銀がない。お前、メイグローサまでどのくらいかかると思ってんだよ。船に何回乗ると思ってるんだ。圧倒的に金がない、諦めろ」

 ドルチェは断言した。世の中は金次第なのだ。

 それにドルチェにはタリアテッレが魔王に会っても、到底倒せるようにも思えなかった。


「気長に近所に魔王が出るのを待つんだな」

「うへぇ、ってそれっていつになるの?」

「さあ? 百年後か、百万年後か」

「そんなの俺が生きてるわけないじゃん」

「魔王ってのはそんだけレアなの。まあとにかく進もうぜ」

 そんなわけで、二人の旅に鬱陶しい果物ナイフが加わった。二人が随分先に伝説と呼ばれるようになることを、まだ二人は知らない。


Fin

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