小公女の小規模な皇国1−2


「発言を宜しいでしょうか?」

「奴隷の分際で礼儀を知っておるか。よい、許す」

 奴隷呼ばわりにくってかかろうとも思ったが、私は大人なのでそんな事はしない。玉座の娘からの返答をきちんと待ち大人の態度を取る。別にメイドが怖いわけではない。

 しかし、間違いは正さねばならない。

「レクサー公王の愛娘、アリューコ・アンガム・ムータルフ殿とお見受けいたしますが間違いはございませんか?」

 ?

「では公女殿下、改めまして私はウォーチアス=オチバと申します。せどりを商いとするものでございまして、奴隷ではございません」

 私はそう言いながら両の手のひらを仰向けに見せた。

 一度奴隷に身をやつすと左手のひらに奴隷商の刻印が彫られ、所有者が決まると今度は右手のひらに刻印が彫られる。両の手のひらを見せるこの行為は自分の身分を証明する行為だ。ただし、同時に相手に対して武力的抵抗ができないという表明行為でもある。やや屈辱的な行為だ。

「オチバ家のウォーチアスか?」

「いえ、私の故郷では名の順は逆になります。私はウォーチアス家のオチバでございます」

「ではウォーチアス家のオチバ、先程其方を奴隷扱いした事ここに詫びよう。面を上げ好きに座るがいい。ナーヴェ、彼に椅子を」

 ふむ。もっとぞんざいに扱われると思っていたけど、この小公女は礼儀をわかっているようだ。自分の誤りをすぐに詫びることが出来る素晴らしい娘だ。しかし、今メイドにやらせている行為はいただけない。

 玉座の対面に椅子を置く行為。おそらく私を試しているのだろう。貴族でも王族でもないこの私に、どこまで教養があるのか測っているのだ。

 教養があるとは言わないが、最低限恥をかかないだけの教養は身につけているつもりだ。彼女の常識に通じるかはわからないが、自分にできる限りの礼節はつくしたい。

「公女殿下、玉座の対面にて椅子に座る事など、この私には出来かねます。ご容赦を」

「ナーヴェ、椅子はいらなくなった。して、ウォーチアス殿、せどりという商い…確か古本商のようなものだったな」

「はい。その認識で問題はないかと」

 厳密にはちょっとだけ違うがここで言うことでもないだろう。

「ウォーチアス、なぜお前のような商人が父上…レクサー公王直筆の手紙を持っていた」

 小公女はだんだんと私に対する敬称を省いてきている。まぁ私も彼女のことを心の中で小公女と呼んでいるからお互い様だが。

 ちなみに彼女には腹違いの姉がおり、人はそちらを大公女、アリューコ公女を小公女と呼んでいる。胸の大きさもあちらは大公女でこちらは小公女だ。そのためかどこぞの貴族が夕食会で愛着を持って小公女と呼んだ時、アリューコ公女は侮辱されたと思い持っていたグラスをその貴族に叩きつけたらしい。

「レクサー公王は私の商いにおいてお得意様でございまして、私の働けど働けども貧しい身の上をご理解してくださる方でもございました。ある時、私にちょうどいい儲け話があると声をかけてくださり、話を聞くと国を持たない流浪の我が身に国と職の保証をくださるとか。…せどりをやっていく上で、国を持たないと身の保証ができぬと入れぬ都市国家がいくつもございます。私は悩んだすえにレクサー公王のお話にあずかろうと考えたのです」

「お前の話は筋が通っている。しかし、解せぬ。お前のような古本商が何故父上と面識がある。何か特殊な本をお前に頼んでいたのか?」

「ええ、それは…」

 私の口が止まった。相手の信頼を得るために全てを話そうになった。

 言えない。言えるわけがない。

 レクサー公王が私に頼んでいたのは、裸婦画集や官能小説…ありていに言えばエロ本である。コレをどうやってこの小公女に説明すべきか?レクサー公王は小公女の父だ。娘にシモの趣味を知られたくないだろうし娘も父のシモの趣味を知りたくはないだろう。私の今からいう言葉で王族の家族関係がどう転ぶか決まると考えたら冷や汗が流れた。

「どうした?言えぬのか?」

 小公女が私を疑ぐり声をかける。

「いえ、私は無学者ゆえあれがどういった本なのか説明しづらいのです。おそらくは生物学や他文化の民俗学を扱う学術本や資料だったと思われます。依頼物の中身を読む事はありましたが難解ゆえ冒頭で諦めてしまいました」

 おおよそ嘘はついていない。レクサー公王が好むエロ小説は詩的なものが多く難解で、私の嗜好には合わなかった。

「そうか。まぁ王侯貴族の嗜む本を平民のお前に説明せよというのが間違いか」

 多少訝しげにしてはいるが、この話題はどうにか切り抜けられた。

「それよりも公女殿下。ここは皇国で、謁見の間であり、公女殿下がお座りになられているのは玉座でお間違いございませんか?」

「お前のいうとおりここは皇国で謁見の間。我が座っているのは玉座で違いない」

「それでは皇帝陛下はご不在で、公女殿下が代理で国政を執り行っていると」

「それは間違いだ」

 え?じゃあ私を脅すためだけにこの小公女は玉座に座ってるのか?

「ちと込み入った話でな。お前が我に公女殿下か?と問うた時、我はおおよそ間違いではないと返したな。先代皇帝亡き後、皇位継承権第一位の我が国を継ぐ事になったが、皇国のしきたりで齢18を超えた者しか君主になることができん。我は次期皇帝ではあるが、あと2年はレクサー公王の公女でもあるのだ」

 なるほど。

「知らぬこととは言いながら陛下に対して殿下と申し上げたこと、どうかご容赦ください」

「よい。正式な即位までは殿下でよい。さて、困ったのはウォーチアス、お前の扱いだ」

「私の扱い?」

「父上…レクサー公王からの手紙だとホレ、これしか書いていない」

 小公女が私に手紙を投げた。中を見てみると文字がびっしりと書かれているのだが、その内容はいかに公王が娘を愛しているかを説いた詩だった。親バカここに極まれり。私のことは最後にこの男は便利だから使いなさいとしか書かれていなかった。確かに奴隷を送ったようにも解釈できる。

「お前のことは、ついでのように書かれているだけだ。レクサー公王とどのようなやりとりがあったかは知らんがこのような杜撰な紹介では国民として受け入れるどころか正式な入国を許すわけにもいかん。だからと言ってレクサー公王の手紙を持ってきた以上無碍にすることもできん。今よりレクサー公王に書簡を出す。手紙に書いてあるがウォーチアス=オチバであり、レクサー公王とお前の間で取り交わされた約束がどこまでの物なのか確認する。それまではお前をこの国の客人として迎え入れよう」

 小公女がそういうと、メイドが私の荷物一式を渡してくれた。ようやく上着を着ることが出来る。しかし、荷物を受け取ったからといってもここですぐに着れるわけじゃない。私は一礼を行い後ろへと少し下がる。

「謁見の間の入り口にてしばし待て。客間へは給仕長のナーヴェが案内をする」

「厚き待遇痛み入ります。公女殿下、これにて失礼」

 私は背を向けて謁見の間を出た。出たと言ってもこの城内、よっぽど人がいないのだろう。謁見の間の話し声が結構聞こえてくる。まぁ私がわざと扉を閉め切らなかったというのもあるが。

「ナーヴェ、ぶっちゃけアレどう思う?」

 小公女はこの喋り方が素なのだろうか?

「怪しさしか感じられませんが、あの格好での寒さに対する震え様。訓練された者とも思えません。レクサー公王の手紙を持ってはいましたが、途中強奪し成り代わっていないとも言い切ることはできません。半々ってところでしょうか?」

 まぁ、疑われても仕方がないと思う。

「手紙は今日のうちに書いとくけど、誰が運ぶ?」

「出払っていない鳥竜がまだおります。人ではなく鳥竜を使うのが良いかと」

「まぁ、ウチってナーヴェ含めて国民5人だもんね。人的資源ぶわぁっと湧かないかな」

 は?5人?

「人は掘っても湧いてきませんよ」

「軍事力とは違うかー」

 軍事力は湧いてくるの!?

「じゃあナーヴェ、我は父上に手紙書くからあの男の世話と見張りよろしくね」

「かしこまりました」

 会話の内容は理解できないが、私は慌てて服を着て靴を履いた。

 赤髪長身メイドが扉を開けて謁見の間より出てくる。

「ウォーチアス様、こちらへどうぞ。ご案内いたします」

「よろしくお願いします」

 

 レクサー公王の紹介とは言え、とんでもない国に来たのかも知れない。

 私は、今更ながらに皇国へ来たことを後悔し出した。


















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