箱庭の皇国で
枕屋
小公女の小規模な皇国1−1
ケツが痛い。
もうどれくらいの日数が経っただろうか。
最初はギュウギュウに詰められていた席も、今じゃ私一人が座るだけだ。
トカゲの化け物のような地竜が一匹でこの車を引いてるだけで、御者はいない。
最初は不安だったがこの地竜、駅逓所には必ず止まり、眠り込んでる乗客をつついて起こす。無賃乗車しようとした輩や置き引きしようとした輩には容赦なく尻尾を叩きつけていた。料金は前払いなので金銭のやり取りこそしていないが、超過分さえこの地竜に差し出せば予定地よりも先まで乗せてくれるらしい。4日前に駅逓所で降りた幸薄そうな男が、地竜と交渉しているのを見たので間違いないだろう。
多分この地竜、私よりも賢い。
窓から覗く外の景色に緑の自然はなく、ゴツゴツとした岩肌が見えるばかり。時折中型の魔物の群れが見えたが、この車を狙う素振りは見せなかった。
そして2日もこの悪路な山道を移動しているので、どれだけいい綿の入った座席に座っていても私のお尻は悲鳴を上げているのだ。まーじでいたい。体勢変えてみたりしたけどだめだこりゃ。
芋虫のような姿勢を取っているとき、車が止まった。どうやら駅逓所についたようだった。
扉を開け外に出る。
外の風は冷たく痛い。そして埃っぽい。
荷台から網で固定していた荷物を下ろす。
駅は石煉瓦で作られた床と申し訳なさの壁だけ。
壁には看板が提げられており「ニジェイロー皇国前」と書かれている。
あたりに人里や他の建物は見当たらなかったが、駅から石畳の道が山に向かって伸びていた。
こっから一人で歩くの?マジで?宿場町とか集落は?
呆然と立ち尽くしていると馬車が道を切り返し、戻っていく。地竜が、一度歩みを止め、こちらを見て一礼したのでこちらも返した。
顔を上げたときにはもう遠く砂煙を上げていた。
人が乗ってなかったらあれだけの速度出すんだな。車壊れそう。
さて。
私は失敗したなとため息をついた。
駅名が皇国前だったので多少手前だとは思ったが、村か集落があり案内人や護衛を頼めるとたかをくくっていたのだ。
まさか魔物が闊歩する山肌に一人ポツンと立ち尽くすなど考えもしなかった。武器になりそうなものなど、パンを切るのにしか使うことのないナイフくらいだ。
荷物になってはいけないと思い、ほとんどの私物は銭貨に変えたが、これが仇となった。
今の持ち物なら野宿もまともにできないだろう。
装備といえば標高が高い山と聞いていたので、冬用のコートや帽子、解毒用の常備薬程度の薬草、折りたたみナイフ、都市なら2ヶ月は遊んで暮らせる銭貨、入国に必要な紹介状、薄い毛布と羽毛の枕。
せめてこの駅が小屋であればどうにかなるのだが。
ランプも持っていないし、辺りを照らすような魔法も知らない。そもそも私は魔法が使えない。今まさに積みの状況だと言えよう。
ああ、日は沈みあたりは暗闇にそして僕は魔物の餌食になるんだ。気温も下がりすごく寒い。焚き火をしようにもあたりに薪などなく枯れ草すら見当たらない。
ああ、我が妹よ。先立つ兄をゆるしたまえ。
心なしか足が軽い。体重がなくなり空を歩いてるよう、とかアホなこと考えてる場合ではない!本当に身体が浮いているのだ!
地面がみるみるうちに遠ざかる。優しくではあるが、大きな鉤爪に自分の背嚢がわしづかまれている。
車を引いていた地竜かそれ以上の大きさで翼を大きく広げ空を制するもの。飛竜だ。
「もしかして皇国まで連れて行ってくれるんですか?」
話に聞いたことがある。西の大陸では、飛竜が人と盟約を交わし共に生きる国があると。まさかニジェイロー皇国にもそのような文化が
「お前、食う。子供、空腹。お前、巣に行く」
なかったわ。これ野生の飛竜だ。
グングンと高度が上がり、空気が薄くなり意識が飛びかける。山の頂きが見えその向こう側も見えた。円型に山脈をくり抜いたような平地が広がり、海に沈みゆく夕日がきらめいている。川が流れ湖もある。肥沃な土地なのだろう緑が広がっている。これがニジェイロー皇国の全てだ。断崖の山に囲まれ外界と隔絶された秘境。この地を若い公女が治めているという。僕はその公女殿下に会うためここまで来たのだが、どうやら道半ばで果てるらしい。
最後にこの美しい風景を目に焼き付けておこう。
いいコントラストだ。
夕焼けと、白い山肌。豊かな緑地、そして下から迫りくる紫の閃光。
紫の閃光?
飛竜の頭が消し飛んだ。
音が遅れて雷鳴のように空気を切り裂く。
魔法?こんな遠距離から?飛竜の首を蒸発させるような威力で?そもそもどんな精度なんだ?
首を失ったことに気づかず羽ばたき続ける飛竜の肉体。それに追随するように鈍色の飛行体が現れた。
金属の羽根に鎧、兜も羽根をモチーフにした装飾が施されている。
首無し飛竜の周りを旋回する飛行体。鈍色に見えたその姿は、夕日を受けると金色に輝いて見えた。
「上空から不法入国とは考えたな。ニジェイロー皇国は許可なきものの侵入を許しはしない。今立ち去るならば貴様の命は助けてや」
「助けてください!!!」
「いや、だから今去れば助けてやると」
「そうじゃなくて、助けてください!死ぬ!マジで死ぬぅぅぅうううう!」
空気が薄い中、興奮して大声を出すとどうなるかご存知だろうか?
正解は気を失うのだ。
私は今知った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「身元を明かすものは、コレだけでした」
「この封蝋、父上の紋章だな。ふむ、紙も良いものを使っている」
「本当に皇国に向かう気があったのでしょうか?武器も持たずに、こんな装備で…食料もありませんね。コレちょっと重いですけど…ああ、お金が入ってます。どこで使う気だったんでしょう?」
「え、マジでコレだけ?何しにきたのコレ?」
「どこかの間者にしては、あまりにも支度がみすぼらしいですし、コレは直接話を聞くのと手紙を読んだほうが早いかと」
目が覚めると私は冷たい石畳の上にいた。肌着しか身につけておらず、上着やら防寒具、その他持ち物の類は全て玉座の前に並べられている。
玉座に座っているのは高い位置で金糸のような髪を二つ結びにしている若い娘。温かそうな銀狐の襟巻きに青を基調としたマント、中には同じく青を基調としたドレスを着ている。その隣りには高身長の鎧姿のメイドがいた。兜を外してヘッドドレスをつけ、胸当てを外しエプロンをつけている。腰まで伸びる赤い髪はきれいにみつ編みされていた。
玉座までは三十歩ほど間があるが、この謁見の間らしき場所に他に人はおらず、二人の話し声は素直に私の場所まで届いていた。
私は、あまりの寒さに身震いをし、できるだけ床との接地面を減らそうと起き上がりながら縮こまる。
「動くな」
メイドが剣をこちらに向けた。この距離でも自分に向けられたと分かる殺意に漏らしそうになる。てかちょっと漏れた?大丈夫?大丈夫だった。
「この手紙、オーマ公国のレクサー・アンガム・ムータルフ公王が書かれたものだな」
「ああ、それはですね」
「はいかいいえで答えろ」
「はい」
めっちゃ怖いこのメイド。
「この手紙は公王陛下がお前に書いたものか?」
「いいえ」
「では皇国のものに宛てた手紙か?」
「はい」
「この手紙はお前が託されたものか?」
「はい」
「ナーヴェ、剣を降ろせ。そこのもの許す。二十歩前へでよ」
許しがでるというより、これはほぼ命令だろう。遠慮したところで反感を食らいそうなので素直に前へ出た。メイドの顔も玉座の彼女の顔もよく見える。
メイドさんは大きな丸眼鏡をかけており、ガラスの向こうには髪と同じ燃えるような赤い瞳を持っていた。近くで見るとわかったがそばかすがある。胸は普通だな。身長はでっかい。多分鎧のせいではないと思う。足も長い。
「何を見ている。御前だ。跪き、頭を下げよ」
ジロジロ見すぎた。
「よいよい、そなたの頭を上げ顔を見せよ。其処ものよ発言を許す。この手紙は誰に渡すように言われたか?」
「レクサー公王より皇国にいる我が娘にと仰せつかったものです」
「では我に向けての手紙だ。封を切らせてもらう」
剣を鞘に戻し、メイドが手紙を彼女に差し出した。封を切り手紙を改める彼女の態度は読みすすめるごとに不機嫌になっていく。最初はおしとやかに玉座に座っていたが、読み終わったときには、玉座であぐらをかいていた。靴も脱いでる。
こっちは床が冷たいから、今すぐにでも履きたいくらいだ。別に悪いことをしたわけでもないのに、この仕打ちはなんて理不尽なものなのだろう。
玉座に座り僕を見下ろす少女が口を開く。
「え?父上からの贈り物って奴隷なの?マジで要らないんだけど?」
金糸の髪、雪狼のような空色の瞳、透き通る白い肌、靭やかな四肢、見目麗しい姿から発せられたその言葉はちょっと俗っぽかった。
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