アオの涙

「え?クロが?」

バイトの帰り道。久しぶりに迎えにきたアオにクロと会ったことを報告した。


「あいつ、生きてたのか・・・どうだった?」

「シロさんしか眼中ない感じだった。研究所にいたときもあんなにシロさんにべったりだったの?」

「・・・まあよく二人で話してたけど」

「そう。再会できて嬉しそうだったよ」


(・・・色人同士って恋愛できるのかな・・・・?あ、でも、元人間だから別にいいのか・・・)


(アオ達だっていつか・・・・)


あかりはふと、人間に戻ったアオを想像してみた。人間として成長して、恋愛して・・・・。


「・・・・・・・・」


(・・・きっと、その時には、もう私とは関わらなくなってるよね・・)


今、アオたちがあかりと一緒にいるのは、あくまであかりに人間に戻るヒントがあるからだ。何かしらの方法で人間に戻ることができれば、もうあかりとは関わらないだろう。


そう思うと、少し泣きたいような、どこか胸が締め付けられる思いになった。


「・・・・どうした?」

「・・い、いや。て、てゆうか!!」

「?」


「・・・その、人間に戻ったら、どうするの?学校とか、行くの?」


不思議そうに顔を覗き込んできたアオをごまかすように、あかりは話題を変えた。


「・・・・学校、とかはよくわからないけど、自分の家族を探したい」

「かぞく・・・」


(・・・そっか、やっぱ家族、会いたいよね・・・)


「どこにいるのか、そもそも、生きてるかもわかんねーけど。でも、人間になったら、少なくとも組織に追われることはなくなるはず。普通の人間として生きていくことはできなくても、命を狙われる危険はなくなる」

「組織・・叔父さんを殺した人たちだよね」

「どうゆう事情があるかはわからねーけど、いきなり狙撃してきたんだ。まともな連中じゃない。まだ何の情報もつかめてないけど」


「・・・そっか、」


(私は当たり前に家族いて学校も行ってる。前は命狙われてる状態だったけど、今は落ちついたし・・・でも、アオ達にとってはそれが〝日常〟なんだよなあ・・・)


「・・・に、人間になったらさ」

「ん?」

「何か、食べたいものとかある?今、決められた色しか食べれないでしょ?私、作るよ!昔、厨房でバイトしてたことあったし。こう見えて料理得意なんだから」

「・・・・・・・」


雰囲気を明るくするために提案してみたが、アオは少し驚いた顔をして、そのまま俯いた。


「・・・あ、でも・・・お店で食べたほうがおいしいかな~へへ・・・」

「・・・・ソバ」

「え?蕎麦?」


「ハカセが、よく食べてた。インスタント?ってやつ。なんかわかんないけど、おいしそうだったから」

「・・・・・・・・そうなんだ。私も、蕎麦は好きだよ」

「・・・・そうなのか?」

「うん。昔、蕎麦屋になるのが夢だったし」

「・・今は違うのか?」


「今は、商社・・・お金の会社に就職して、お金をたくさん稼ぐことが夢かな。お母さんに、少しでも楽してもらえるように」

「・・・母親に?」

あかりの言葉に、アオは首を傾げた。


「そう。昔よりは大分良くなったけど、今もまだ不安定だから・・・」

「・・・それは、あんたの夢なのか?」

「え?」

アオは、不思議そうにあかりを見つめた。


「母親の為なら、本当にしたい事じゃないだろ?」

「いや、なんてゆうか、確かに、商社に働くことが夢なわけじゃないけど、お母さんを支えることが、私の夢だから・・・まあ、私がしたいことには変わりないってゆうか・・・」

「そうなのか?」


「そ、そうそう。てゆうか、叔父さんも蕎麦好きだったんだ。知らなかった」

未だに納得いってない様子のアオをごまかすように、あかりは話題を変えた。


「好きだったかはわからないけど、よく食べてた」

「・・・・そう」

「作ってよ、ソバ」

「え?」


「あんたの作った蕎麦が食べたい」

「・・・・・!う、うん・・わかった、」

「・・・楽しみにしとく」


心なしか、アオがうっすら微笑んだように見えた。


キイロに比べて、アオはあまり感情を表に出すことはない。


(怒ったり焦ったりしてるとこは見たことあるけど・・笑ったり、泣いたりは見たことないよなー・・・)


そんなアオが初めて喜びという感情を見せ、あかりは嬉しくなった。


アオの正体はわからないが、おそらく年齢よりは大分知能や精神年齢は高いのだろう。あかりや周りに弱みを見せることはなかった。


(まあ、色々複雑な境遇だし・・・これから、少しづつ色んな顔見せてくれるようになったらいいのにな・・・)


「・・・あ、そうだ。昨日、実家からお父さんの荷物届いて・・・」

「?」

「お父さんの荷物だから、叔父さんは関係ないんだけど。アルバムに昔の叔父さんが映ってる写真もあったから、ウチ寄って一応見てみる?何かヒントになるかも」


「・・・母親は?」

「今日はパート先で懇親会やってるから、帰り遅くなるって。今は誰もいない」

「・・・わかった」


話している間にあかりの家に到着し、アオを家の中へ招き入れた。


「リビングのテーブルにアルバム置いてあるから、見てみて。他の荷物で色々散らかってるけど、気にしないで」


リビングのアオに声をかけて、あかりは自室で部屋着に着替えた。


(・・・て言っても、若いころの叔父さんなんか見ても、多分ピンと来ないだろうなー・・)


「・・・・・・・・・・」


あかりが自室から顔を出すと、アオはリビングのテーブルの前で、無言で立ち尽くしていた。


「・・・どう、叔父さん、若いでしょ?実は昔、私のお父さんも同じ会社で・・・」


「・・・・・・・・・」


「・・・ま、まあ若い時の写真なんか見せられてもわかんないよね~・・はは」


あかりが近づくと、アオは無言で振り返った。


「・・・・・・!」


あかりは驚愕した。


あかりを見つめる青い瞳からは、大粒の涙が溢れていた。


「・・・・・ど、どうしたの・・・?」

「これ・・・・・」

「・・・・・?」


アオが指さしたのは、テーブルの上に置かれた絵具セットだった。


「・・・それは、お父さんが誕生日にくれたやつだけど・・・?」

「・・・・・・・・・・」


「・・・こ、これが、どうしたの・・・?」

「・・・・俺は・・・・」


「この絵具を・・・・食べたことがある・・・・」


そう呟いたアオの涙が、青色のチューブの上に落ちた。


その涙で、青いチューブに表記されている、〝BLUE STONE〟の文字が、静かに滲んだ。

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