父の遺品
「・・・え、パソコン・・持ってないけど」
「え?」
あれからあかりはバイト先にすぐに連絡して、謝罪した。あの時あかりは更衣室でパートの女性に会っただけでタイムカードも押してなかったので、遅刻か当日欠勤だと思われていたらしい。
更衣室で着替える途中で母が病院に運ばれたと連絡が入って、気が動転して誰にも言えずに出て行ってしまっていた、と伝えた。
自分でもかなり怪しい作り話だとは思ったが、今まで無断欠勤などなかったので、怒られるどころかむしろ心配された。
そして、色人達はとりあえずUSBの謎を追うことで意見を合致させたらしく、USBを見るために協力してほしいと頼まれた。
「えっ・・パソコンて皆持ってないものなの~?」
「・・・大抵は少なくとも一家に一台くらいはあると思うけど、家はそんな余裕ないから買ってない。お父さんのパソコンはもう処分しちゃったし」
「パソコンはなくても生活できるものなのか?ハカセはいつもパソコン使ってたけど」
「全然できるわよ。叔父さんは・・・多分、アナタたちのデータとか管理するために使ってたんじゃない?」
「・・・ジャア、データミレナイ・・・」
「・・あ、いや、今は無料でパソコン使わせてくれるとこ、あるから」
「どこ~?」
次の日。
あかりたちは近所の図書館へ向かった。その図書館では、一人三十分まで、個室でパソコンを借りて利用することができる。
受付でパソコンを借り、個室でパソコンの電源を入れて、USBを差し込み、画面にはUSBの画面が表示された。しかし。
「・・・パスワードがいるね・・・」
画面に表示されたのは、〝パスワード入力〟の文字だった。正しいパスワードを入力しないとUSBを開くことはできない。
「パスワード?」
「前もって決められた文字とか数字を入力しないと中身が見れないの。何か心当たりない?」
「も、文字~~?なにそれ~?」
「・・・一応、叔父さんの名前とか、誕生日とか・・入れてみるけど。時間ないから早く考えて」
色人達が悩む中、あかりも叔父の名前や誕生日など、思いついたワードを入力したが、どれも当てはまらなかった。
結局、利用時間ギリギリまで粘ったが、パスワードを解読することはできず、その日は解散となった。
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「ただいまー・・・」
あかりが家へ着くと、リビングには大きな段ボールが置かれていた。
「?なにこれ?」
「ああ、あかり、おかえりなさい」
謎の段ボールを前に首を傾げていると、キッチンから母が顔を出した。
「お母さん、なにこれ?」
「・・・私の実家から送ってもらった、お父さんの荷物」
「!!」
母が父の名前を出したことに、あかりは驚愕した。父の死後、精神を病んでしまった母の前で、父の話題はタブーだったからだ。だから、なるべく父を思い出させないように、処分できなかった父の遺品は全てまとめて母親の実家に預けていた。
「な、なんで・・・・?」
「ごめんね、急に。驚いたよね・・・」
「いや、いいけど・・・どうして急に?」
「心療の先生と話し合ったんだけど、少しずつ、向き合って行こうと思って。お父さんのことと」
「・・・・・・・・・・・・・」
「なんか、最近、あかり凄く疲れてるみたいだから。急にバイト休んだり、学校早退したり。前はそんな事なかったのに」
「それは・・・・」
(色人の騒動に巻き込まれてたから・・・とは言えないし・・・)
「だから、お母さんももっとしっかりしなきゃと思って。いつまでもあかりや周りの人に支えてもらうだけじゃなくて・・・あかりや、他の誰かの役に立てるように・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「今まで、色々負担かけて、ごめんね」
母は申し訳なさそうに優しく微笑み、段ボールから父の遺品を取り出し始めた。
(予想外だけど・・・良いことなのかな・・・?)
色人との騒動で疲弊しているだけだったのだが、そんな事情を知らない母は、疲れた様子のあかりを見て、これ以上あかりの負担にならないように、立ち直る決心をしたらしい。
「・・・私も手伝うよ、」
自室で部屋着に着替え、あかりも荷ほどきを手伝った。
「わー懐かしい!見てこれ、お父さんが誕生日プレゼントにくれた絵具セット!」
「ああ、懐かしいわね・・・いつの誕生日かしら?」
「・・・・最後の、誕生日。その時美術部入ってたから、部活で使うだろうって。・・・結局もったいなくて、ほとんど使えなかったけど」
そう呟き、あかりは絵具を握りしめた。
「・・・そう。あ、アルバムもあるわね」
母は段ボールから古いアルバムを取り出し、開いた。
「いつのアルバム?」
「凄く昔のものね。あかりが産まれる前」
あかりがアルバムを覗き込むと、そこには若き頃の父と叔父が白衣を着て並んで映っている写真があった。
「・・・これはどこだろ?」
「澤上製薬の本社じゃないかしら」
「・・・・・・・サワガミ?」
「お父さんと秋彦さん・・あなたの叔父さんが勤めていた製薬会社よ」
「え?製薬会社?・・・お父さんは大学の講師じゃ・・・」
「それはあかりが産まれてから就いた仕事。私と結婚した時は、叔父さんと同じ製薬会社に勤めてたの。お父さんはすぐ辞めちゃったけど、叔父さんは子会社の薬局で勤めてて・・」
「・・・そうなんだ。初めて聞いた」
「もう十数年も前のことだからね。お父さんも、その時のことはあまり話したがらなかったし」
「何で?」
「詳しいことは私にも話さなかったけど、仕事が辛かったみたい。最初はお義父さんのコネで本社の開発部に入れてもらえて、給料もいいって喜んでたんだけどね」
「え、おじいちゃんにいれてもらったの?」
「確か、お義父さんの病院と澤上が提携してたから、そのつながりじゃないかしら。お父さんも叔父さんも、お義父さんにあこがれて医者目指してたけど、お義父さんにどっちも医者に向いてないって言われて、薬剤師の道に進んで・・・でも当時、なかなか就職が見つからなくて、お義父さんがサポートしてくれたみたい」
「・・・で、澤上を辞めた後に講師に?」
「そう。薬学部の講師。講師の仕事はやりがいあって楽しかったみたい。職場の人達とも、一緒にイギリスまで旅行行くくらい仲良くて・・・」
「・・・・・・・・」
「・・あんなことになったけど・・」
母は涙をぬぐい、あかりはティッシュを差し出した。
「・・ごめんなさい、あかり。お母さん、まだ・・」
「だ、大丈夫、大丈夫。少しづつで、いいよ」
(・・・叔父さん亡くなったこと、まだ言わない方がいいよね・・・)
しかし。このままずっと隠さなければいけないのだろうか。そんな不安を抱えながら、あかりは荷物を片づけた。
次の日。
授業終わり、あかりの高校の校門前で誰かを待つ人物がいた。
制服姿ではないその人物に、下校中の生徒達は怪しんでいた。
「あの人誰だろ?私服だけど・・・」
「さあ?誰かの彼氏とか?」
ヒソヒソする生徒達を横目に、あかりが校門を出ると、そこに立っていたのは、あかりがよく知る人物だった。
「シロさん!?」
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