第26話 最強のアンデッド

 テオドールは一人で草原を歩く。

 丘の上まで登った。

 見下ろす先に、いた。

 周囲一帯を包み込む、この不協和音のような気配の根源。

 銀色の髪。アイスブルーの瞳。黒いドレス。身長よりも長い杖。テオドールが愛した女。


「決着をつけるぞ、アンリエッタ」


「テ、テ、テ、テオドール……ワ、ワスレナ、グサ……ワタシの両親に……」


「駄目だ。アンリエッタ。そうじゃないんだ。あんたは死んだ。もう逝かなきゃ……俺が送ってやる」


 双剣を抜く。

 右に父親の形見の剣。左に弟子が付呪した剣。

 深く深呼吸する。培ってきた全てをここでぶつける。


 先手を打ったのはアンリエッタだ。

 彼女が杖を振り上げると、まだ夕暮れにもなっていないのに、上空に星々が現われた。

 かつて不確定都市で放たれた流星群、ではない。魔力で作られた百を超える火球である。その全てがテオドール目がけて降り注いだ。


「こんなもの、今の俺に通用するものか」


 そう言いつつもテオドールは、アンリエッタの魔力の流れに美しさを感じていた。

 見たところ、着弾と同時に内包した熱を解き放ち、爆発を起こす魔法のようだ。

 流星群よりは小規模であるが、城や要塞を瓦礫にするくらいの威力は確実にある。


 アンデッドになって思考が薄れ、生前より弱体化している。そんな認識は完全に捨てる。

 長い年月のせいか。それともアンデッドの性質を抑え込むのを止めたからか。理由はなんにせよ、アンリエッタは実力を取り戻している。

 恐ろしい状況。なのにテオドールは『己の師が強い』という事実を再確認し、心のどこかで喜んでしまった。


「全て迎撃してやる」


 テオドールの鞄から小さな光球が飛び出し、リンゴほどまで大きくなる。五十個のアルテミス・ビットだ。

 ビットは素早い動きで上昇。落下してくる炎の塊たちに光線を放ち、爆発を巻き起こす。

 空が紅蓮に染まった。

 百メートル以上離れているのに肌に熱が伝わってくる。


 テオドールはビットをアンリエッタに向かわせる。周囲を取り囲んで、光線を一斉発射。すると彼女の周りに金属片のようなものが無数に出現した。

 小さな鏡にも見える。その正体は、範囲を限定することで反射能力を強化した防御障壁だ。


 アンリエッタはビットの光線全てに、鏡を正確に合わせてきた。

 それどころか新たな鏡で更に光線の角度を変え、テオドールを攻撃してきた。

 神業と称するしかなかった。


 反射魔法は複雑な術式と多量の魔力を使う。この刹那でそれを用意するのはテオドールには不可能だった。ゆえに単純な防御を目的とした障壁を作って光線を防ぐ。

 と同時に前に出る。

 アルテミス・ビットは目くらましに過ぎない。わずかでも相手の注意を散らすのが目的。

 光線を絶え間なく撃ち、反射され、防ぐ。


 アンリエッタも防戦一方に甘んじず、氷塊を砲弾のように発射して攻撃してきた。テオドールはそれを左右の剣で斬る――斬った瞬間、氷が爆発した。そういう術式が仕込まれていたのだ。これでは迂闊に破壊できない。

 テオドールは次々と飛来する氷を左右に避けながらアンリエッタとの距離を詰めていく。

 が、今度は地中から氷槍が飛び出してきた。足下で魔法が発動する気配を察知できねば脳天まで串刺しにされるところだった。


 普通、魔法というのは腕の先とか、周りの空間とか、とにかく自分の近くで発動させるものだ。

 アンリエッタだからこそ、自分から遠く離れた場所にこの規模の魔法を超高速で構築できる。しかし、幾度も見たアンリエッタの魔法だからこそ、テオドールは発動の半瞬前に察知できた。


「我流――白三日月・双」


 距離を詰め、アンリエッタの後ろに回り込んだ。そして最も殺傷力の高い技を首目がけて放つ。

 左右の刃から、圧縮された高密度の魔力斬撃が放たれ、十字の形となってアンリエッタの首に襲い掛かる。


 背後からの強襲だ。完全に隙を突いたという確信があった。

 だが巨大な鏡が現われ、テオドールの渾身の一撃を無慈悲に反射してきた。


「っ!?」


 逆に不意を突かれた形になったが、それで固まって動けなくなるほどテオドールは青二才ではない。

 己の斬撃に斬撃をぶつけて相殺――相殺しきれない!

 アンリエッタは反射の際に、魔力を上乗せしてきたのだ。あの一瞬で。

 テオドールは後ろに吹き飛びながら、師の技への敬服を禁じ得ない。

 起き上がって状況を確認。全身が軋む。しかし骨は折れていない。内臓も無事。テオドールは服の下に二十枚の護符を張ってきた。そのうちの一枚が身代わりになってくれたのだ。

 左右の剣はどちらも折れていない。まだ戦える。


 五十のアルテミス・ビットを一度に扱うのは現実的ではない。数が多すぎる。ジェラルドは十本の剣を操っていた。熟練した彼がそれなら自分は五つが妥当なところ。

 そうだ。ジェラルドと戦ったおかげで、手本となるイメージが頭の中にある。それを可能な限り再現するのだ。


 アンリエッタの攻撃をビットで迎撃しながら、再び突き進む。

 ビットが落とされたら次のを出す。数を五つに保ち続ける。ビットで迎撃しきれない攻撃は剣で落とす。


 炎球が迫り、氷槍が飛び交う。土が何メートルも隆起と陥没を繰り返して行く手を阻む。押しつぶされそうなほど気圧が高い場所と、限りなく真空に近い場所が入り交じり、大気のうねりは濁流より酷かった。

 やがてアンリエッタから、今日一番の魔力を感じ取る。


 空間が歪む。

 流星群を召喚する恐るべき魔法の兆候を感じた。あれを防御しきる手段は結局、思いつかなかった。だから発動前に妨害する。

 一度見た術式だ。潰すイメージは何度もしてきた。テオドールは渾身の魔力を込めて、宇宙とここが繋がるのを止めた。

 それは成功した。

 が。

 アンリエッタは流星群が止められたと見るやいなや、別の攻撃魔法に切り替える。


 放たれたのは電撃。一切の隙間なく、上下左右あらゆる方向に放電する。素早く回避しようとも、逃げた先ごと攻撃するという力技だ。

 テオドールは直進する。自ら電撃に身をさらす。

 根性で耐えるのではない。護符で耐える。


 アンリエッタに驚きの気配があった。ようやく一矢報いてやったという手応え。

 だが喜んでもいられない。なにせ護符が一度に三枚も破れた。計算外。恐ろしい威力。テオドールの想定を上回っている。


 自分はかなり強くなったはずだ。なのに魔力に師匠との間に大きな差がある。

 技量で負けているのはまだ理解できる。しかし、この魔力量の差は異常だ。

 なぜ?

 今それを考えても仕方ない。自分の修行不足と結論づけ、今ある材料で戦うしかない。

 技量と魔力の双方で負けていても、武装だけは勝っている。

 護符の守りにものをいわせ、テオドールは今一度アンリエッタに肉薄した。

 今度は背後ではなく真正面。

魔力を練り上げ、左右の剣に流し込む。更に突進の勢いも乗せ、刃を叩きつける。


 アンリエッタは杖で受け止めた。が、杖が折れる。

 頭部に二つの斬撃が直撃。

 だが防御障壁で止められた。

 否。

 これは防御障壁ではない。もっと攻撃的なものだ。魔力で作った目に見えない鈍器。そんなイメージが広がった次の瞬間、テオドールはそれで殴られた。

 凄まじい力。

 圧倒的な死の予感が走る。

 後先考えずに防がねば、致命的な結末になる。

 テオドールがとった選択は、黒満月。それは全身を黒い球体で覆う技だ。空間をねじ曲げてあらゆる攻撃をそのまま返してしまう。外界と遮断されるゆえ、周りの音も光も届かない。また長時間閉じこもっていると酸素がなくなる。リスクは多大だが防御は絶対――そう慢心していた。


 アンリエッタは、テオドールが干渉した空間に更なる干渉を加え、黒新月を解除してしまった。さっきこちらが流星群を妨害したのと同じ理屈。それを初見でやり返された。

 目の前に、愛した女の顔が広がる。

 綺麗だ。

 時もわきまえずにテオドールは見とれた。

 次の瞬間、魔力の塊で殴り飛ばされる。これ以上ない直撃。何度も地面をバウンドしてようやく止まる。残っていた護符が全て破れた。


 幾度も頭蓋骨に叩きつけられた脳味噌で、違和を感じる。その正体を考える。

 強すぎる。なんだこれは。

 自分が修行不足だった。師匠の力を過小評価していた。どちらも合点がいく。そのどちらを受け入れても、こんな子供扱いされるほど実力差があるとは思えない。


 寝そべったままのテオドールに、アンリエッタの両足が落ちてきた。

 風魔法と重力魔法で加速し、何度も何度もこちらの腹にヒールを叩きつける。

 隕石でも落下したようなクレーターが生まれた。テオドールの体は地面に沈んでいく。


 もう守ってくれる護符はない。自力でなんとか耐えている。内臓が裏返りそうだ。なのに意識は薄れない。むしろ目が覚める気分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る