第13話 いいところを見せたかった
竜、というのはトカゲのような鱗を持ち、足が四本あり、二枚の翼で空を飛ぶ生物だ。
ダンジョンから溢れ出し、地上に住み着いてしまったモンスターの類いではない。
もともとこの世界にいた生物だ。
竜の知性は高く、人語での会話が成立する。
人間に変身する能力を持った竜もいた。それらは竜人と呼ばれている。
それらとは別に竜によく似たモンスターもいて、亜竜と呼んで区別している。
ワイバーンはその一種だ。
竜と違って知性は低い。二本足なので外見で簡単に区別できる。
そして竜よりも弱い。ハルシオラ大陸では雑魚として扱われていた。硬めの肉には歯応えがあり、テオドールは前世で串焼きにして売られているのを何度も食べた。
しかし、この辺りの冒険者にとって脅威であるらしい。
被害を抑えるという意味でも、早々にワイバーンを倒したい。
テオドールとリネットは、最低限の非常食だけを持って出発。
途中で野宿し、丸一日かけて目的地に辿り着いた。
「……先客がいるな」
そこは起伏のある草原。
上空を旋回するワイバーンに向けて、攻撃魔法と弓矢を放つ五人の集団がいた。
「怯むな。一発一発を確実に当てるんだ。効いているはずだ!」
リーダーと思わしき男が叫び、士気を鼓舞していた。
つまり彼らは劣勢だった。
飛び回るワイバーンになかなか攻撃を当てられず、一方的に炎のブレスを喰らっている。
テオドールなら攻撃魔法の一撃で仕留めるか、飛び上がって剣で首をはねるか、なんにせよ一瞬で決めてやるのに。
見ていてもどかしい。
「あの人たち、ワイバーンのブレスに耐えてる。攻撃は下手だけど、防御障壁はかなり立派」
リネットは感心した様子だ。
「いや。あいつら自身が防いでいるんじゃない。護符を使っている。よく観察すれば魔力の流れが独特だ。分かるか?」
「ん……? あ、分かった。あの人たちの意識が入ってない。というか、攻撃されたら自動的に障壁が出てる、みたいな」
護符とは、魔力と防御の術式を刻んだ紙だ。
どういう術式にするかは制作者の腕の見せ所。彼らが使っているのは、攻撃を感知して球状の障壁を張るタイプだ。常時展開型にしなかったのは魔力の節約のためだろう。術式がお粗末で、それほど節約できていないようだが。
「こうやってじっくり見ると、あんまり出来のいい障壁じゃなかった。魔力の無駄が多い。私なら半分以下の魔力であれより厚い障壁を作れるよ」
「それが分かるなら大したものだ」
「……えへへ」
「なんだ? 褒められて嬉しいのか?」
「それもあるけど。テオドールになにか教えてもらえるのが嬉しい。なんか保護されてるって気がする」
「保護されたいのか」
「私は年端もいかない少女。頼れる保護者が欲しい」
「そのくせハルシオラ大陸を目指すとか、矛盾してないか」
「それはそれ。これはこれ。危険に立ち向かう私を、後ろから見守っていて欲しい、的な?」
意味が分からん、と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
テオドールにも覚えがあった。
自分一人の力で戦ってみたいが、師匠が近くに控えてくれると安心する。
そんな自立心と甘えが混ざった感覚。
「言われてみると、俺もかつてはそんなことを思っていた」
「分かってくれて嬉しい。というわけで、私があの人たちを助けるから、テオドールは見守ってて」
先客の五人はすでに瓦解寸前である。
持ってきた護符を使い切ったらしく、ブレスを吐かれても障壁が展開されなくなった。
それでも転げるように回避行動を取り、なんとか反撃を試みる。勇気だけは立派だ。
攻撃魔法を使っているのが三人。弓が二人。
弓使いも魔力を有している。魔力がない人間がワイバーン級の相手と戦うのは不可能だ。
なにせ人間の骨格に乗せられる筋肉量には限界がある。だから筋力を鍛えて強くなるという方法だけでは、早々に壁に当たってしまう。
だから魔力も鍛え、それで筋力や五感を強化するのだ。
弓使いと、ほかの三人の間に、魔力量の大きな差はない。
なのに戦い方に違いが出るのは、魔力を魔法に変換する技術の違いだ。
弓使いは、ただ自分自身を強化する魔法しか習得していないのだろう。強化した力で、常人では引けない強弓から巨大な矢を発射する。
ほかの三人は、炎、氷、雷とそれぞれ得意属性の攻撃魔法をワイバーンに放つ。
攻撃魔法を使えれば、自分の魔力が続く限り、弾切れの心配がない。
だから攻撃魔法を習得したほうが、圧倒的に有利だ。
しかし、攻撃魔法を使えない者が、必ずしも弱いかといえば、そうとは限らない。
ワイバーンと戦っている五人で、最も命中率が高いのは、弓使いの一人だ。
これは個人の技量の問題。攻撃魔法よりも弓に適性があると判断し、その技を磨いてきたのだろう。
そのこと自体は感心できるが、相手が悪かった。
ワイバーンは胴体だけでも人間の三倍はある。いくら強力な弓矢でも、数本当てた程度では致命傷にならない。むしろ怒らせて反撃を呼んでいるだけだ。
「くっ……前に戦ったワイバーンより動きが圧倒的に速い。攻撃が当たらん。護符が切れた以上、撤退するしかないか……」
「けれど、一度引き受けた討伐依頼を諦めるなんて……せっかく積み上げてきた信用に傷がつく!」
「馬鹿! 死んだら信用もなにもないだろ!」
「こっちの攻撃は通ってるんだ。急所に一撃当てれば、逆転できる!」
「速すぎてそれができないからピンチなんだよ!」
冷静に考えれば、護符の効果が残っているうちに逃げるべきだった。
まだ五人とも生き残っているのは、運がいいだけ。なのにまだ一発逆転を狙うのは愚かしい。
逃げるか、残るか。そんな議論……というか怒鳴り合いをしたせいで、五人の集中力が散漫になる。
それを見抜いたワイバーンが、急降下を始めた。
集中していれば、相手の動きに反応して、脳天を打ち抜けただろうに。
ワイバーンの鋭い牙が、一人の冒険者に迫る。
もう回避は間に合わない。
顔が恐怖に歪む暇もなく、彼は食い殺される――。
その寸前に、リネットの魔法が発動した。
まず地中から細長い触手状の植物が生えてワイバーンに絡みついた。細長いといっても一般的な成人男性の腕よりも太い。それはもの凄い力でワイバーンを引き寄せ、地面に叩きつけてしまう。
続いて二メートルを超える氷の槍が空に現われ、ワイバーンの背中に突き刺さる。
と同時に雷が落ちて、氷を伝って体内に流れた。
巨体に似合った断末魔。地面が小刻みに揺れるほどの痙攣。
肉が焦げた匂いがたちこめる。
ワイバーンは口から血を吐き、そして死んだ。
「三属性、同時使用、だと」
リネットがそれなりに強い魔法師なのは、気配で分かっていた。魔法の威力は想定の範囲内だ。
しかし、その発動までの速度。そして、三属性同時。
正直、度肝を抜かされた。
「私、強い?」
リネットはじっとテオドールを見つめてくる。
幼さを考えれば、強いなんてものじゃない。
テオドールがこの域に達したのは、前世で三十五歳のときだった。
「……強い。驚いた。嫉妬さえするぞ」
「予想より褒められた。えへん」
「だがな。あれじゃ死体が高く売れないぞ。氷の一撃で十分倒せたのに、なんで雷で焼いたんだ」
「それは、えっと……実力を見せたくて調子こいちゃった……ごめんなさい」
リネットは誰が見ても分かるくらい肩を落とした。
「そこまで恐縮しなくてもいい。もともと金より評価が目的だからな。死体が金にならなくても、ワイバーンを仕留めたというだけで実績になるだろう。しかしリネット一人で倒したから、俺の評価には繋がらないのか……?」
「二人で協力してやっつけたって口裏合わせる?」
「うーむ……手柄を譲られるのは性に合わないが……手っ取り早くCランクになるには、それしかないか……」
「ところで。もともとはあの人たちが戦ってたワイバーン。それをを横取りした。こういうのってあり?」
「ギルドの制度として明文化はされていない。だが横取り野郎は、ほかの冒険者から白い目で見られる」
悪評が広まると、情報の共有をしてもらえない。アイテムのトレードに応じてもらえない。冒険者たち行きつけの店から出禁を喰らう。酷いときは、戦闘中に後ろから撃たれる。
「けどリネットが手を出さなきゃ、一人は確実に死んでいた。それを横取り扱いする奴はそんなにいない」
たまに難癖をつけてくる奴もいたが、そういうのは殴って分からせる。殴っても分からない奴は、バラして埋めるしかない。
幸いにもテオドールは、埋めなきゃならないほどの分からず屋と揉めた経験はなかった。
さて。
あの五人は、話が分かる冒険者だろうか。
「今の攻撃は……君が放ったように感じたが……」
「そうだよ」
「まだ小さいのに凄いな! ああ、お礼を言うのが先だな。本当に助かった。ありがとう」
冒険者たちは、それぞれの言葉でリネットを褒め称えた。
リネットは胸を反らして自慢げだ。
五人は、王都を拠点に活動するパーティーだという。
全員がCランクで、実力派として知られている。以前にもワイバーンを仕留めた実績がある。それを買われて今回の討伐依頼が入り、遠征してきたんだとか。
「なんだ。ギルドはすでに討伐依頼を出していたのか。受付嬢は俺たちになにも言ってくれなかったぞ。連絡の行き違いはよくあることだが」
冒険者ギルドの支部と支部の連携が上手くいかず、依頼の二重発注に繋がることもある。
それは完全にギルド側の落ち度なので、依頼を受けた二組の冒険者の双方に報酬を満額払うのが通例だ。
今回、テオドールとリネットは、依頼を受けたのではなく、自発的に狩りに来ただけ。だから二重発注ではない。
しかし五人はワイバーンに歯が立たなかった。彼らは依頼を達成したとは言いがたい。
「あんたたちは依頼を受けて現地に到着した。しかし、ほかの冒険者に先を越された。王都のギルドにはそう言ってくれると助かる。まさか自分たちが倒したなんて報告するつもりじゃないだろうな? それだとワイバーンの死体が二つないと辻褄が合わなくなる」
「もちろん正直に報告するさ。先を越されたなら成功ではないが、失敗でもないから、俺たちの評価は下がらない。全滅しかけたところを助けてもらったんだ。文句なんてないよ」
話が分かる連中で助かった。
「ところでワイバーンを倒した少女……君は何者なんだ? いや、待て……十歳くらいの、銀髪の少女。登録から半年足らずでDランクになったと王都まで噂が聞こえてきたが……リネットとは君のことか」
「多分、そのリネット」
「そして、そのリネットのヒモをしているテオドールとはお前か……」
「そんな噂まで流れているとは、王都の連中は暇なのか?」
「なにせ十歳の少女に毎週お小遣いをもらう男というのは、なかなかインパクトのある話だからな……」
その冒険者はテオドールに対する嫌悪感を隠そうともしなかった。
別に彼らと末永いお付き合いを望まないので、ヒモと思われたところでなんらダメージはない。
しかしリネットのほうが気にしてしまった。いつもより目を細めて冒険者を睨む。
「テオドールは私のヒモじゃない。友達で保護者」
「しかし、彼はワイバーンとの戦いも君に任せっきりだったじゃないか。確かに彼は顔がいい……憧れるかもしれない。だが、君が稼いだ金は君のものだ。貢いでは駄目だ。それは君のためにも、彼のためにもならない。それよりも、君は魔法の天才なんだ。もっと大きな町に行って、その才能を存分に発揮するべきだ。もしよかったら俺たちと王都に行かないか?」
どうやらこの冒険者は、純粋に親切で言っているらしい。
その様子が逆に、リネットの頬を膨らませる。
「テオドールもなんか言い返して」
そう言われても。
彼らの認識を改めないと昇級できない、というなら必死に反論する。が、別にそういうわけでもない。
テオドールが反論しないのを見て、冒険者たちは鼻で笑った。ヒモなのを認めたと思ったのだろう。
リネットはますます悔しそうにする。それを見てテオドールは、ふと考えが変わった。
と、そのとき。
遠くからなにかの気配が迫る。続いて咆哮が聞こえた。
「なっ、ワイバーンだと! もう一匹いたのか……さっきのより大きくないか!?」
冒険者ギルドの情報にはなかったが、ワイバーンは二匹いたようだ。つがいなのかもしれない。情報が不正確で現場でトラブルが起きるというのも、よくある話だ。
都合がいい。そうほくそ笑んだテオドールは剣を抜いた。
刃に魔力を流す。魔力が集中し過ぎて溢れ出した。防御障壁を応用した結界で、魔力を無理矢理、刃の形に押しとどめる。ついに刃が発光し始める。それでも魔力を流すのをやめない。
普通の剣なら、とっくに融解している。が、これはヘルヴィが付呪した剣だ。そうそう簡単に壊れない。
もちろん全力を出せば話は別だが。ワイバーン相手ならこれで十分。
まだ敵は遠くにいる。
しかしテオドールは剣を振り下ろした。
「我流――白三日月」
閃光がほとばしる。三日月のような弧の形をした真っ白な光だ。
三日月はワイバーンの顔面に当たり、そのまま体内を通過していく。
ただ眩い光が走っただけ。そう見えた次の瞬間、ワイバーンの中心に線が走る。頭から尻尾まで、背骨に沿って、まるで魚をさばくように左右に分かれた。
羽ばたく力を失ったワイバーンは当然、地面に落ちる。それも断面から血と臓物を撒き散らしながら。
「な……なんだ、あの斬り方は……この距離から斬ったのか? 剣から魔力を飛ばして? しかし何百メートルも離れていたんだぞ……魔力が拡散することなく、三日月の形を保ったまま……そんなことが可能なのか……」
「魔力の一点集中は得意技なんだ。なにせ倒さなきゃならない相手がいるんでね。まあヒモが考えた技だ。そう驚くほどのものでもないだろう」
テオドールは固まる冒険者の肩を叩く。
「さあ、リネット。帰るぞ。二匹とも破損が酷いが、売ればいくらかになるだろう。ギルドに頼んで回収してもらおう」
「うん……!」
リネットは弾む声を出し、テオドールの隣に並んだ。
「テオドール強い。想像してたよりずっと強い。なんか嬉しい」
「俺が強いと、どうしてリネットが嬉しくなるんだ?」
「内緒。ところで、どうしてわざわざあんな殺し方したの? 内臓だって高く売れるんでしょ?」
「それはな。リネットにいいところを見せてやろうと思ったんだよ」
そう答えると、彼女はますます嬉しそうに微笑んだ。
あんまり可愛かったので、テオドールは銀髪をわしゃわしゃと撫でてやった。
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