第14話 白騎士
この町の冒険者ギルドは、建物の中に喫茶店が設けられている。
冒険者同士の待ち合わせや、提出した書類が受理されるまでの待ち時間に使ったりする。
テオドールとリネットがそこで朝食を食べていると、周りからヒソヒソと声が聞こえてきた。
「なあ、知ってるか。ヒモの奴……リネットちゃんと一緒に、近々、Cランクになるらしいぞ。二人でワイバーンを二匹倒したってことになってる。ギルドは死体を確認したらしい」
「ああ、聞いた。正式な決定が下るのは時間の問題だって。あいつリネットちゃんから金を受け取らなくなったと思ったら、今度は二人でモンスター狩りに行くようになった……きっと自分はなにもしないで、手柄を分けてもらってるんだ」
「うらやましい話だ。リネットちゃん、どうしてあんな奴に尽くしてるんだろう……」
「そりゃ顔だろ。ヒモってのはそういうものだ」
テオドールはまるで気にしなかった。
だがリネットは機嫌悪そうに頬を膨らませる。
「いや……そうとも限らないぜ。俺はテオドールが初めてこの支部に来た瞬間に立ち合ったんだ。もの凄い威圧感だったよ。多分、あいつは相当強いぜ」
そんな声が聞こえてくると、リネットは途端に表情を和らげる。
「は! それほかの奴も言ってたけどよ。今は全然なにも感じないじゃねーか。テオドールなんて大したことねーよ。ヒモだ、ヒモ」
するとリネットはムスッとする。
よくそうコロコロ表情が変わるものだと感心してしまう。
こんなに喜怒哀楽が分かりやすいのに、ほかの冒険者や受付嬢は、リネットは感情が見えないと言う。不思議だ。もっともテオドールとて出会った当初は、分かりにくい奴という印象を抱いていたが。
「テオドールとリネットはいるか?」
そう言いながら五人の集団が入ってきた。
冒険者たちは何事だいう顔を浮かべる。
呼ばれたテオドールとリネットも驚いた。なにせその五人は、先日、ワイバーンに殺されかけていたあの連中だった。
「あんたら……もしかして『破軍五天衆』か!? 王都で最強の冒険者パーティーと言われている……俺、王都に一時期いたから見たことあるぞ!」
「破軍五天衆だって! 名前だけなら俺も知ってるぞ……そんなスゲェ連中が、どうしてこの町に……」
破軍五天衆。なかなか仰々しい名前だ。
しかしテオドールは、そのセンスを批判する気になれない。前世を入れると二百年以上も生きているが、そういうのを格好いいと思う感性は、捨ててはいけないと思うのだ。
「おお、そこにいたか二人とも。テオドール、まずは君に謝りたい。噂を真に受け、君の実力を過小評価してしまった。まさか、あれほどの達人だとは思わなかった」
「別に最初から怒っちゃいないさ」
「そう言ってくれると助かる。ところで二人の実力を見込んで……スカウトに来た。破軍五天衆を七天衆とし、その名をより轟かせようじゃないか」
スカウトと聞いて、ギルドは騒然とした。
「おいおい、リネットはともかくとして、なんでヒモまでスカウトされてるんだ? あいつの戦いを直接見てスカウトを決めたっぽい口ぶりだぞ?」
「だから言っただろ。テオドールは強いんだよ」
「やべぇ……俺、あいつに聞こえるように陰口叩いてたわ……いい女を紹介するから許してくれねぇかなぁ」
「そしたらお前、リネットちゃんに殺されっぞ……」
「それにしても二人してCランクになって、国一番のパーティー入りか……羨ましいぜ」
誰も彼もが羨望の眼差しで見つめてくる。
五天衆たちも、まさか断られるとは思っていないらしく、堂々とした顔。
だが――。
「断る」
「私も」
それで話は終わったとばかりに、テオドールとリネットは朝食の続きに取りかかる。
「こ……断る、だと!? どういうつもりだ……まさか一生、こんな田舎にいるつもりじゃないだろうな! 君たちの才能は、もっと大きなステージで活かすべきだ!」
「ご忠告ありがとう。だが心配無用だ。Cランクになったら即座に、ハルシオラ大陸へ行くつもりだ。あそこは王都よりも大きなステージのはずだ」
「ハルシオラ大陸……馬鹿な。大きなステージにもほどがある! あそこはモンスター以前に、住んでいる人間からして化物ぞろいなんだぞ。君だって五色の逸話くらい聞いたことあるだろう? このギルドにいる全員を、一秒もかからずに殺せるような化物だ。そんな強者がハルシオラ大陸にはゴロゴロいるという……考え直せ!」
五天衆のリーダーがやかましく叫ぶ。
この町の冒険者たちは、身の程知らずにもほどがある、という反応をしている。
とにかく全員がテオドールに呆れていた。
しかし、その表情は程なくして恐怖に塗り変わった。
「な、なんだこの気配は……この建物に、なにかが近づいているぞ……」
誰かが震える声で呟いた。
そしてギルドに、若い女性が入ってきた。
黄金の髪をポニーテールに結っている。エメラルド色の瞳は、本物の宝石よりも輝いて見える。ピンと尖った耳はエルフに相違ない。エルフは総じて美形と言われているが、その評判に違わず、息を呑むほどの美人だった。
「あの容姿……そして、この圧倒的な魔力の気配……ま、まさか……白騎士ヘルヴィ!?」
五天衆のリーダーは、信じられないものを見たという顔になる。幽霊が現われても、ここまで驚きはしないだろうという表情だった。
「白騎士って、あの五色の!? ハルシオラ大陸からほとんど出てこないって聞いたぞ。それがこんなところにいるわけがねぇ!」
「けど、だったらこの威圧感をどう説明すんだよ!」
「俺ら、殺されるのか……?」
五色は確かに化物じみた逸話を持っているが、理由もなくほかの冒険者に襲い掛かるようなバーサーカーではない。
しかし、ハルシオラ大陸でも最上位に位置する者の気配に当てられ、彼らはパニックを起こす寸前であった。
それに、白騎士ヘルヴィも悪い。ギロギロと血走った目でギルド内を見渡し、まるで怨敵を探しているような様子だ。これでは誰か殺しに来たと思われても仕方ない。
リネットでさえスプーンを咥えたまま固まっている。
平然としているのは、テオドールくらいのものである。
「ヘルヴィ。俺を迎えに来てくれたんだろう?」
そう声をかけながら、テオドールも抑えていた気配を解放する。
するとヘルヴィは髪を揺らしながら、こちらを向いた。刹那、床板が割れるほどの勢いで踏み込み、突進してきた。
全身を防御障壁で包み、砲撃のような爆音を奏でる体当たり。
テオドールは両腕を突き出し、それを真正面から受け止める。
凄まじい衝撃だ。
わずかでも油断すれば、壁際まで吹っ飛ばされる。いや、壁を貫いて外に出てしまう。
渾身の魔力で弟子の勢いを相殺。
わずかなぶつかり合い。しかし彼女がこの十五年間をどう過ごしたかが伝わってくる濃密な体当たりだった。
「俺がいなくなってからも鍛錬を怠らなかったようだな。さすが自慢の弟子だ、ヘルヴィ」
「ああ、師匠! 会いたかったよぉぉぉぉ……!」
ヘルヴィは涙を浮かべてテオドールに抱きつく。
久しぶりに会った弟子が懐かしくて、テオドールも心に熱いものを感じる。
「それにしても、よく俺がこの町にいると分かったな。見つけてくれてありがとう。俺も会いたかったよ」
「テオドール・ペラムの名で活動している冒険者がいないか、つねに調べさせていたんだよ。けれど冒険者ギルドの支部は世界中にあるし……師匠ってば、なかなか高ランクにならないから見つけられなくて……少女のヒモをしているとか、ワイバーンを倒したとか、ようやく一部で噂になっているのを見つけて」
人生どこでなにが役に立つか分からない。まさかヒモの噂が弟子を引き合わせてくれるとは、テオドールも予測できなかった。
「テオドールが白騎士の師匠……? ど、どういうことなんだ……だとしたらハルシオラ大陸で通用するとか、そういうレベルじゃないぞ……」
周りの冒険者たちの混乱はますます深まっていく。
さっきまで注目を集めていた破軍五天衆とやらは、すでにその他大勢に沈んでいた。
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