第12話 ヒモと思われたらしい
小さい体のどこにそんなに入るんだろう。
そう疑問に思うほど凄まじい勢いで、リネットは胃袋に食料を流し込んでいた。
すでに十人分は食べている。
三日も森をさまよって腹が減ったのは分かるが、だからといってこんなに食べるとは思わなかった。
奢ってやるよ、と軽率に言ってしまったのを撤回したい。
「兄ちゃんはこの町に来てから日が浅いんだっけ? リネットはいつもそのくらい食うぜ」
唖然とするテオドールに、厨房で鍋を振るう店主が教えてくれた。
「いつも……なるほどな。Dランク冒険者ならそこそこ稼ぎがいいはずなのに、ツケをため込んだ理由が分かった。これじゃ、いくら稼いでも足りるわけがない……」
「だってこの店の料理、どれも美味しいから」
出された料理を全て平らげたリネットは真顔で呟く。それから次の料理はまだかなぁと催促するように厨房を見る。
美味しいと褒められた店主は嬉しそうに「困った奴だぜ」と呟く。この調子でツケを許してきたのだろう。
「いいか、リネット。奢ると言った以上、今回の勘定は俺が払う。しかし、たまったツケは立て替えるだけだ。利息は取らないから、ちゃんと全額返せ」
「返す、返す。ここのツケも、踏み倒すつもりは全くなかった。ただ迷子になったから払いに来られなかっただけ」
「ああ。お前がわざと借金を踏み倒すとは思ってない。ただ迷子になって、二度とこの町に現われないかもという心配はしている」
「……さすがにそれはない、と思う」
リネットは目を泳がせた。
自分で自分を信じていないようだ。
なので彼女が満腹になってから冒険者ギルドに行き、借用書を作ってもらった。
「よし。これでギルドが証人だ。もしお前が俺に借金を払わないまま姿を消し、ほかの町のギルドに現われたら、その場で拘束され、俺に連絡が来る」
「……冒険者ギルドって、こういうのもやってるんだ」
「その分、手数料を取られるけどな。フラフラとほかの町に迷い込んでも安心だ。よかったな」
「よかった、のかな?」
リネットは首を傾げる。
とにかく、その日から彼女は、報酬の一部をテオドールに支払うことになった。
毎日だとせわしないので、週に一度、ギルドで待ち合わせして受け取る。
「はい。今週分」
「ああ、ご苦労。この調子なら予定通り、あと一ヶ月で完済だな」
「これでもDランク冒険者だから。一生懸命働けば、このくらい楽勝。今からご飯食べに行く。テオドールに奢ってあげる」
無利子でそれなりの金額を貸しているのだ。食事をご馳走されてもバチは当たるまい。
テオドールは深く考えず、それから会うたびに奢ってもらった。
すると、なぜかほかの冒険者たちの視線が冷たいものになってきた。
「あれ? 知らないんですか? テオドールさん、ヒモだと思われてるんですよ」
受付嬢にそう教えられ、愕然とする。
「だってリネットさんは目立ちますからね。あの容姿で、かつ登録から半年もしないでDランクまで上がった期待の新人。そのリネットさんから毎週毎週、定期的にお金を受け取って、更にご飯を奢らせて……」
「あれは貸した金を返してもらっているだけだ。飯は利息の代わりのようなものだ」
「私はそれを知っていますけど、事情を知らない人からしたら、ヒモにしか見えないですよ」
なんということだ。
しかし言われてみると、年端もいかない少女から定期的に金を受け取る姿は、かなり危険なものがある。
「それにしてもヒモというのは酷い。俺だってそれなりに依頼をこなしている。というか、もっと高難易度の依頼を回してくれ。手っ取り早くCランクになれるような」
「ないものは回せませんよ。そんな依頼がポンポンあったら、この支部はもっと大きくなってます。地道に頑張ってください。テオドールさんなら一年もすればCランクになれますから」
一年。
これまで百数十年もかけたのを思えば、短い時間だ。
アンリエッタの死体は、いまだに不確定都市で『最強のアンデッド』として君臨しているらしい。
自分以外にはアンリエッタを破壊できないと、テオドールは確信している。
ゆえに待つ時間はたっぷりあった。
とはいえ、自分の意思でじっくり時間をかけるのと、外的要因で待たされるのではストレスがまるで違う。
リネットから金を回収し終わったら、ほかの町に拠点を移したほうがいいかもしれない。
ツケを立て替えてから二ヶ月ほど経った。
「これで完済だな。お疲れさま」
「本当に疲れた。テオドール、依頼を手伝ってくれないし」
「俺には俺の仕事がある。一人で依頼を達成したほうが、評価に繋がるしな」
「どうしてそんなに急いでCランクになりたいの?」
「ハルシオラ大陸に行きたいんだ」
「おお、冒険者の鏡」
リネットは無表情ながらも、感心するような声を出す。
ハルシオラ大陸は、ほかの土地より圧倒的にモンスターが強く、ダンジョンの難易度も高い。六大ダンジョンの全てがハルシオラ大陸にあるのだ。
冒険者を、元手や後ろ盾がなくても手っ取り早く金を稼げる手段として見ている者は、頼まれてもそんな危険な大陸に行こうとしない。
しかし冒険心ゆえに冒険者になったなら、ハルシオラ大陸に憧れを抱く。一度は挑戦してみたいと想いをはせる。
だが希望者の全てハルシオラ大陸に送るわけにはいかない。
なにせダンジョンで死んだ者はアンデッドになる。
ほかの大陸のダンジョンと同じような感覚で潜られたら、アンデッドの大量発生を招いてしまう。
ゆえに実力者であると証明できないと船のチケットを買えない。
例えば、有名な武闘大会で優勝するとか。魔法師協会の推薦を得るとか。冒険者ギルドでCランク以上になるとか。
「テオドールが行くなら、私も行く」
「……待て。軽率に決めるな。どれほど恐ろしい場所か分かっているのか?」
「知ってるつもり。けどテオドールは行くんでしょ? 私だってあの大陸に憧れがある。止める権利はない」
「確かに権利はないが……」
「……そう言えばテオドールは私が戦ってるとこ見てない。一緒にモンスター狩りに行こう。それで私の実力が分かる」
「俺もお前の実力を見たいと思っていた。しかし、この辺りのモンスター相手に測れる程度の実力では、ハルシオラ大陸では通用しないぞ」
「確かに……なんかいい感じのモンスターがぴょこっと出てきたりしないかな」
リネットはそう呟いて、掲示板を見に行った。
そこには各種依頼や、モンスターの生息状況などが張り出されている。
毎日更新されているが、代わり映えがない。
あの盗賊団のような大物は、滅多に出てこないのだ。
掲示板に群がり、割のいい依頼がないかと目を血走らせている連中を、テオドールは冷めた目で見つめた。
するとその人混みの中から、リネットが小走りで帰ってきた。
「テオドール。見つけた。亜竜だって。これ倒したら多分、二人とも一気にCランク」
彼女の手には『危険モンスター出現』と大きく書かれた紙があった。
それは討伐の依頼書ではない。
この町の冒険者では殺されるだけだから、ほかの町から助っ人が来るまで、自殺志願者以外は手を出すなという注意喚起である。
「亜竜……ワイバーンか。面白いな。盗賊よりずっと楽しめそうだ」
「この紙を見つけた私は偉い? 偉かったら褒めて。なでなで希望」
「こうか?」
銀色の髪に軽く触れてやると、リネットは嬉しそうにはにかんだ。
近頃リネットはよく笑う気がする。
しかし、その話を受付嬢にしたら「気のせいでは」と言われてしまった。もしかしたらテオドールがリネットの表情の微妙な変化を見抜けるようになったのかもしれない。
「こいつを倒したら、死体を買い取ってくれるか?」
リネットが見つけた紙を受付嬢のところに持っていく。
「そりゃワイバーンの死体なんて貴重品があれば、依頼と関係なく買い取りますよ。え、挑むつもりですか?」
「ああ。俺とリネットで仕留めてくる」
「……お二人が強いのは承知してますけど。いくらなんでもワイバーンは無理でしょう! Cランクの人でもパーティーを組んで挑むモンスターですよ!」
「忠告ありがとう。だが行くよ。ところでワイバーンの死体を二人で持ち帰るのは無理だから、解体と運搬は任せたい」
「手数料さえいただければ手配しますけど……」
「それだけ確認できれば結構だ。じゃあ行こうか、リネット」
「どっちがトドメを刺すか、競争」
「俺が一撃で仕留める。瞬きして見逃すなよ」
「そのセリフ、そっくりお返し」
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