第7話 ニュー人生開始

 ふと物心がついたとき、その少年は孤児院にいた。

 捨て子なので、両親が何者かは分からない。

 当たり障りのない名前をつけられ、ほかの孤児と同じように育てられた。

 予算不足なので食事は粗末だし、服もボロボロ。

 孤児院の畑仕事を手伝って、いつもヘトヘトだ。たまに外の仕事の手伝いにかり出されることもある。

 それでも孤児たちは、もっと酷い暮らしの子供がいると知っていた。生きていられるだけマシなのだ。


 しかし、その少年は、遠い世界に冒険に行きたいといつも思っていた。

 それは高望みではなく、やって当然のこと。むしろ己に課せられた義務だとさえ感じた。


 眠ると、別人になった夢を見る。

 テオドール、という男だった。

 テオドールのようにダンジョンに潜ったり、魔法の研究をしたかった。

 そんな話をほかの子供にすると、馬鹿にされた。


「お前、冒険者になりたいんだって?」

「しかも、世界で一番過酷って言われるハルシオラ大陸に行きたいんだって? ははっ、お前みたいなチビ、スライムにも勝てないぜ」


 年上の子供二人が、少年を笑いものにした。

 この孤児院は十五歳になったら出ていかなければならない。二人とも、もうすぐその時期が来る。

 だから二人とも、すでに冒険者ギルドに登録して働いていた。


「俺らが鍛えてやるよ」

「Fランク冒険者の俺たちに勝てないようじゃ、ハルシオラ大陸の土を踏んだ瞬間に死ぬだろうからな!」


 その日から、少年は何度も殴られた。

 殴り返したけど、どうにもならなかった。

 そして二人が言うことが正論というのも分かっていた。

 ハルシオラ大陸に行きたいなら、小さな頃から頭角を現す天才でなければならない。独学で魔法を使えるくらいじゃないと死にに行くようなものらしい。

 少なくともFランク冒険者に殴り負けるようでは話にならない。

 相手が年上とか、二対一とか、そんな言い訳をハルシオラ大陸の環境は聞いてくれないのだ。


 それでも少年は、諦められなかった。

 自分でもどうしてか分からない。

 そして十歳になった頃、ふと鏡を見て、脳天から爪先まで電気が走ったような感覚になった。


 鏡に映っているのはテオドールの顔だった。

 いや、そのものというわけではない。

 細かいところを見れば、違いはいくつもある。

 しかし、まとっている雰囲気。気配はテオドールとしか思えない。

 まるで自分に彼が憑依したかのような――。


「ああ、そうか……転生に成功したんだな」


 体が成長して、ようやく魂を受け入れたのだ。

 だからテオドールと少年の自我が融合した。


「よお。今日も俺たちが稽古をつけてやるぜ」


 またあの二人が来た。

 大人たちは少年がいじめられているのを知っている。なのに見て見ぬ振りをしている。

 少年が身の程を知り、大それた夢を諦めればいいと思っているのだ。


 そんな大人が見ている前で少年は――いやテオドールは魔法を使って見せた。

 炎を細長くしてヘビのように操り、二人の周りを這わせた。


「お、おい、なんだよ、これ……!」

「まさか、お前が操ってるのか……!?」


 恐怖で固まる二人の目線まで炎のヘビを上昇させ、破裂させる。

 孤児院中に響くような爆発音。二人は後ろに倒れ、尻餅をついた。

 テオドールは少し驚かせるだけのつもりだった。だが思ったり小心者だったらしい。仲良く失禁していた。


 音に釣られて、大勢が集まってきた。

 そして尿でズボンを濡らした二人を見て笑う。

 だが一部始終を見ていた大人は、真剣な顔をしていた。


「君は……魔法を使えるのか。いや、使えるようになったのか……?」


「ええ。ついさっき、魔法師として覚醒しました。なので俺も冒険者ギルドに登録して、明日から働こうと思います。それと、俺のことはテオドールと呼んでください」




 テオドールは十五歳になった。

 孤児院を出る年齢だ。

 その歳まで大人しくいていたのは、手足が成長するのを待っていたからだ。

 油断も焦りも禁物。

 前世はそれで愛する女を失った。

 人間性を喪失するまで自分を追い込み、かえって弱体化を招いた。


 その過ちを繰り返さないために、まずは筋力を鍛え、魔力を鍛え、体と魂をより馴染ませた。

全盛期の力に近づいたという確信がある。


「さて。行くか」


 テオドールは十五年暮らした町を出た。

 街道を進んでいくと、大きな町に着く。

 その近くに、前世で武器を隠した倉庫の一つがある。

 まずはそれを回収しよう。


 それから冒険者ギルドに行って、実績をあげて、ハルシオラ大陸への渡航許可を得る。

 テオドール・ペラムの名で派手に活動すれば、そのうちヘルヴィが見つけてくれるだろう。

 ヘルヴィはテオドール亡きあと、白騎士の称号を継いだらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る