第8話 冒険者ギルド
モンスターはいてもいなくても、町が発展する理由になる。
いなければもちろん、その土地は平穏になる。畑を耕したり放牧するなら、モンスターがいないほうがいいに決まっている。
農作物が豊富なら人口が増える。貿易が活発になる。
結果、町は大きくなる。
モンスターがいたらいたで、それを狩るために冒険者が集まる。
強いモンスターの角や皮は頑丈だ。武具を作るのに適しているのはもちろん、大型モンスターの骨を建築資材にすることもある。
肝が滋養強壮に効くとか、単純に肉が美味いとか、美しい羽根が装飾品として人気だとか、モンスターが狩られる理由は様々だ。
モンスターの死体は、冒険者ギルドに集まる。腑分けされた死体を買うために商人もギルドに集まる。
冒険者や商人が宿泊するための宿が建つ。飲食店や売春宿も必要だ。
武器防具は劣化するので鍛冶師の商売も繁盛する。
結果、町は大きくなる。
その町は、周りにモンスターが生息しているゆえに発展したタイプだ。
それなりの規模の冒険者ギルド支部があり、まあまあ強い冒険者たちが集まっている。支部はほどよく人と物が出入りし、目が回るほど忙しくはない。
ギルドの受付嬢は、いいところに就職したと満足していた。
しかし、ある日。
見慣れぬ男がやってきた。
それ自体は別に珍しくもなんともない。
新たに冒険者として登録しに来た人かもしれないし、ほかの町から流れてきた冒険者かもしれない。依頼を持ち込みにくる一般人もいる。
受付嬢なんて仕事をしていれば、初対面の相手にいちいち緊張していられない。
だが、その男は明らかに違った。
そう感じたのは、どうやら自分だけではないようだ。ほかの受付嬢も、たむろしている冒険者たちも、その男に視線を奪われていた。
普通なら誰か一人くらい「ここはガキの来る場所じゃねーぜ」なんて絡みに行くのに、凍り付いたように動けないでいる。
そうだ。十五歳くらいのガキと呼べる年齢だ。
目つきは鋭いが、整った顔立ちは優男の類い。かなり鍛えているのは服の上からでも分かるが、常識外れの巨体というわけでもない。
恐れる要素なんて、ないはず。
「この町のギルドに来るのは初めてなんだ。とりあえずCランクまで上がりたい。実績になりそうな仕事はあるか?」
そう言いながら少年は、冒険者カードを提出してきた。
テオドール・ペラム。
Eランク。
受付嬢は目を疑った。
こんな分かりやすく強者の気配をまとっているのにEランクなんて馬鹿げている。
冒険者ギルドに登録すると、まずFランクから始まる。ある程度戦えるようになったとギルドが判断すればEランクに昇進する。
そして大多数の冒険者はEランクのまま何年もくすぶる。
大型モンスターを単独で倒したとか、ダンジョンの深層から貴重なアイテムを持ち帰るとか、そういった大きな功績をあげるとDランクになれる。普通はそこに至る前に、稼いだ金を元手に商人や農家になる。それらの仕事が楽なわけではないが、命がけの冒険者よりはマシと普通は考えるからだ。
Cランクに至るには、Dランク冒険者が五、六人束になっても敵わないと認められる必要がある。
かつてこの町にもCランクの冒険者が一人いた。
圧倒的な強さだった。尊敬と嫉妬を集めた。
より大きな稼ぎを求めて別の町に行ってしまったが、受付嬢は今でもそのCランク冒険者をよく覚えている。
そして、このテオドールという少年が放つ気配は、Cランク冒険者を遙かに凌駕していた。
「故郷の周りには、モンスターも犯罪者もあまりいなかった。それで実績をあげる機会がなかったんだ」
テオドールは受付嬢の疑問を見透かしたように語る。
「な、なるほど……実力とランクが乖離しているケースは珍しくありませんからね……できるだけ実力に見合った依頼を回して、適性なランクにしましょう……」
これほど乖離しているのは初めてだけど、と受付嬢は心の中で付け加えた。
「ありがたい。歳のせいで舐められることが多いから、実はわざと威圧しながら入ってきたんだ。第一印象で『こいつ只者じゃない』と思わせたほうが、話がスムーズに運ぶ」
突然、テオドールの気配が小さくなった。
ついさっきまで恐ろしくて直視できなかったのに、今はどこにでもいる少年。むしろ好みの顔なので、ずっと見つめていたいくらいだ。
テオドールが弱いとは思えない。しかし、さっきの気配を鵜呑みにして、いきなり高難易度の依頼を回すわけにもいかない。
失敗すればテオドールは最悪死ぬし、ギルドの信用に傷がつくし、受付嬢の評価が下がる。
普通なら、まずは当たり障りのない依頼をやらせておく。そのあいだに彼がこれまで拠点にしていた支部から書類を送ってもらって、どんな冒険者なのか調べる。
が、受付嬢はテオドールの実力を手っ取り早く知りたくなった。
「少々、お待ちください」
その場を同僚たちに任せ、支部長のところに走る。
支部長はさっきの気配を感じていたらしく、ロビーに向かっている最中だった。
受付嬢は事情を話し、中庭の使用許可を得た。
そこには木製の人形があり、冒険者の実力を測るための標的にしたり、訓練に使ったりしている。
すると支部長も「さっきの気配の主の実力を見たい」と張り切りだした。
なんと鎧を中庭の人形に着せた。ただの鎧ではない。魔法効果が刻まれ、普通の鉄よりもずっと頑丈になった鎧だ。
「支部長。人が悪いですよ。いくらなんでも、その鎧を壊せるわけありません」
「テオドールという少年はCランクになりたいと言ったんだろう? Cランクといえば、あれだぞ。ハルシオラ大陸への渡航許可が出るほどの高ランク。高望みしすぎだ。身の程を教えてやらねば……くくく」
受付嬢は呆れながらテオドールを中庭に案内する。
「どんな方法でもいい。あれに攻撃したまえ」
支部長はそう指示した。
「分かった。標的として物足りないが、真っ二つにしてご覧に入れよう」
テオドールは鎧の前に立ち、腰のベルトに刺していた木の棒を抜いた。
「……あの。それは?」
受付嬢は訳が分からず、つい指さしてしまう。
「この町に来る途中で拾った、いい感じの木の棒だ。男は何歳になっても、こういう枝を振り回すのが好きなんだ」
彼がそう答えると支部長が「分かる」と頷いた。
受付嬢もちょっと分かる気がした。
とはいえ、いくらの木の棒がいい感じでも、この場面で手に持ってどうしようというのか。
まさか、それが自分の武器だとでも言いたいのか。
「ふんっ」
テオドールは木の棒を鎧に振り下ろす。
受付嬢は目を疑った。支部長も絶句していた。
鎧も、その中の人形も、真っ二つになってしまった。
「こんなもので実力を見せたことになるんだろうか? もっと頑丈な鎧でも構わないのだが?」
テオドールに自慢げな様子はない。
本気で「こんなもの」と思っているらしい。
「えっと……十分、過ぎますよ。依頼……と言うより、賞金首を紹介します」
受付嬢はテオドールをロビーに連れて行き、書類を出して、討伐対象の説明をする。
本来ならEランクが一人で挑むような相手ではない。
この町の冒険者も、領主が雇った兵士も、手を出せない相手だ。
「盗賊団の殲滅か。賞金をかけたのは領主……アジトの場所は洞窟……ほう、なるほど。これは都合がいい」
「都合?」
「その洞窟には、ほかに用事があるんだ。とにかくこの盗賊団を全滅させれば賞金をもらえるし、実績になるんだな。全滅させたとギルドはどうやって確認する?」
「とりあえず、盗賊団のボスの首を持ってきてください。下っ端が死んだかどうかは、あとで現地を確認します」
「承知した。可及的速やかに片付けてくる」
そう言ってテオドールは冒険者ギルドをあとにした。
緊張が抜けた。受付嬢は、ふぅ、とため息を吐く。
少し休憩してから、中庭に戻った。
支部長はまだ固まっていた。
なにせ真っ二つにされた魔法の鉄鎧は、支部長が退職金を前借りして買った、自慢の一品だった。
将来、絶対に値段が上がる。賢い財テクだ――と、自慢げに言っていた。
それが台無しだ。
奥さんにどう説明するだろう。
受付嬢は、盗賊団のアジトに一人で向かったテオドールより、支部長を心配した。
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