第4話 師匠で恋人
テオドールは十五歳になった。
魔力はかなり成長し、魔法の技術も一流と称して差し支えない。
よほど高難易度のダンジョンでなければ、単独で潜ってアイテムを手に入れ、生還するのも容易だった。
「いやぁ……最初から才能があると思っていましたが……これは完全に天才ですねぇ」
師匠は感心と呆れを混ぜたような声を出す。
テオドールが成長したのは魔力だけではない。
手足は伸び、筋肉もつき、その体は大人に近づきつつあった。
この歳になってくれば、自分の師匠が絶世の美人で、女性としてこの上なく魅力的だと分かるようになる。
銀色の髪も、アイスブルーの瞳も、ほっそりした腰つきも、ふくよかな胸も。全てに見とれてしまう。
「師匠」
「はい、なんでしょう?」
「好きだ」
「はあ、どうも。私も好きですよ、テオドール」
「そういうんじゃなくて。家族としてではなく。いや、別の形の家族になりたいというか。好きの種類が違う。俺は師匠が……」
そこまで言うと、師匠はハッとした顔になり、後ずさる。
それから両手を突き出して「駄目です駄目です!」と焦った口調で言う。
「私は師匠で、あなたは弟子です。私は姉で、あなたは弟です。家族愛です。恋愛ではありません。あなたはきっと自分の気持ちを勘違いしているんです。同年代の女の子ともっと交流すれば相応しい人に出会えるはず……そうですよ、あなた、私以外と交流がなさすぎです。もっと交友関係が広がれば、私なんか恋愛対象にならないはずです」
そんなことはない、本当に好きなんだ、と伝えても師匠は本気にしてくれなかった。
「師匠。好きです」
二十歳になってもテオドールの気持ちは変わらなかった。
何百回したか分からない告白を懲りずに続けていた。
そして近頃、師匠に変化があった。
気持ちを伝えると、頬を赤らめたり、目をそらしたりするのだ。
とある夜。
テオドールは宿で思い立ち、師匠の部屋をノックして告白した。
発作的ではあるが、紛うことなき本気である。いつだって本気なのだ。
「あのですね……前にも言いましたよね? 私、人間じゃないんですよ。
師匠は竜人のみが使える変身魔法で、額から角を生やし、背中から翼を生やして見せた。その気になれば巨大なドラゴンそのものになり、この宿を踏み潰せるとテオドールは知っている。
「知っている。けれど、知ったことか」
「……歳の差を考えてください。私はじきに二百歳。あなたは二十歳。十倍ですよ、十倍。人間からしたら、お婆ちゃんってレベルじゃないですよ」
「そんなもの気にしたこともない。師匠は出会った頃と変わらず、ずっと美しい。外見だけでなく、内面も可憐だ」
「可憐って……年下のくせに生意気です……」
師匠は真っ赤になった両頬を手で覆って隠す。目を泳がせ、それから上目遣いでこちらを見つめてくる。
いつの間にか師匠の身長をすっかり追い越していた。もしかしたら、周りからはテオドールが年上に見えているかもしれない。
「師匠、ちゃんと答えてくれ。俺はあなたが好きだ。愛しているんだ。立場とか種族とかではなく、師匠が俺をどう思っているのか答えてくれ!」
テオドールは師匠に顔を近づける。
師匠は後ろに逃げる。が、背中が壁に当たってしまう。それ以上は下がれない。
左右にも逃げられないよう、テオドールは両手を突き出してドンッと壁に当て、師匠を挟んだ。
「ズルいです……!」
「逃げようとする師匠が悪い」
「いいえ、悪いのはテオドールです! こんな……格好良く成長しちゃって……それで毎日のように好きって囁いてきて。私、頑張って断ってるのに! ズルいです! これじゃ……私だって自分の気持ちを抑えられないじゃないですか……」
「じゃあ、師匠も俺を好きなんだな……?」
「好きですよ。あなたに告白されるずっと前から好きです!」
「俺が告白するずっと前? つまり、あれか? まだ小さかった子供の俺を好きだったのか?」
「そ、そうですよ……」
「犯罪じゃないか」
「だから駄目だって自分に言い聞かせてたんですよ! なのにテオドールは成長して、ますます格好良くなって……そんなテオドールに好きって言われ続けたら、私、おかしくなってしまいます――」
言い訳を重ねるアンリエッタの口を、テオドールは自分の口で塞いだ。
「おかしくなってしまえばいい」
「む、無責任に言いますね。人間は長生きしても百年くらいしか生きないでしょう。竜人は千年生きて、ようやく貫禄が出てきたとか言われるんですよ。テオドールがいなくなっても、私はずっと生きていくんですよ。それに耐えろと?」
「俺も長生きする。寿命を延ばす魔法、アイテム、薬……方法は色々とあるはずだ」
「それでも限度が……」
「なら死んでも生き返ってやる。転生という概念があったはずだ。記憶を保持したまま生まれ変わる……成功したという実例は知らないが、概念がある以上、誰かが試したんだろう。俺と師匠で成功させよう。俺は何度でも生き返って、アンリエッタの隣に立つ」
「だから……そんな格好いいことを格好いい顔で言うのはズルいです……」
「ズルくない。俺は好きだと告白した。アンリエッタは好きだと答えてくれた。なのに、まだ逃げようとしているアンリエッタのほうがズルい」
「でも、でも……人間と愛し合うのは、竜人にとって禁忌とされていて……それは寿命が違うから悲しい思いをするのが分かりきっているからで……あと、人間と竜人の間に子供ができたって話を聞いたことありませんし……」
「そうか。子供が欲しいのか。アンリエッタが知らないだけで、できるかもしれない。頑張ろうな」
「~~っ! 言っておきますが、師弟関係がなくなるわけじゃないので。普段はちゃんと師匠と呼んでください。名前で呼ぶのは、特別なときだけです」
「特別なときって、具体的に?」
「……デートとか……あと、えっと……子作りのとき、とか?」
「分かった。師匠」
「……い、今はアンリエッタで……いいです、よ」
好きな女性にそんなことを言われて、耐えられるはずもなく。
テオドールはアンリエッタをベッドに運んだ。
「あの……あの! ……今更ですけど……私、あなたの十倍も生きてるのに……男性と、お付き合いしたことがなくて……こういうときの作法とかまるで分からなくて……年上なのに、師匠なのに、リードして差し上げるのは無理なので……むしろ不快な思いをさせてしまうかもです……」
「不快になるわけがない。俺はアンリエッタのそばにいられるだけで幸せなんだ。肌を重ね合わせられたら、幸せ過ぎて死ぬかもしれない」
「死なれたら困ります! や、やっぱり今日はなしで……心の準備が……」
「駄目だ。逃がさない。それに、初めてなのは俺も同じだ。上手くいかなくても、まあ、なんだ。二人で学んでいこう」
二人の心配は杞憂だった。
が、ある意味では失敗した。
アンリエッタは翌日の昼を過ぎても腰が抜けたままでベッドから起き上がれず、宿にもう一泊分の料金を払う羽目になったのである。
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