第3話 アンリエッタという人

 五色が一人、白騎士アンリエッタこと、師匠。

 テオドールはその人と色んな町や村を旅した。

 橋を歩いて渡る川があれば、船で渡る川もあった。森で狩りをして野宿した。山の温泉に入りったり、海で泳ぎを教わったりした。

 両親から話を聞いていたけど、世界は本当に広かった。

 こんなに歩いたのに、ハルシオラ大陸という土地の一部を巡っただけというから驚きだ。


 それと。

 師匠が方向音痴なのには驚いた。放っておくと、同じところをグルグル回ってしまう。

 旅慣れていないテオドールのほうがまだマシだった。


「ああ、ようやく森を抜けて街道に出ました……地図いわく東西に伸びた街道で、目的の街は東だから……こっちですね」


「そっちは西。東はあっち」


「……ち、地図は読めるんですよ! ただ方角が分からないだけで!」


「よくそれで一人旅できたね。ちゃんとコンパスで確認しなよ」


「魔法師たるもの、そんな道具に頼ってばかりいてはいけません。大自然の息吹を直接感じ取るのです」


「感じ取れてないじゃん」


「ああ……弟子が蔑んだ目を向けてきます……」


「蔑んではいないけど。俺の手を握れよ。逆方向に行かれたら困る」


「弟子に手を引かれるのは、いくらなんでも情けないです。大丈夫。あっちに行けばいいんでしょう?」


「だから、そっちは西だって」


 師匠は恥ずかしそうにうつむく。

 テオドールは今度こそ蔑んだ目になる。

 数秒の沈黙ののち、白騎士は観念して弟子の手を取った。




 とはいえ師匠は、魔法の指導者として優秀だった。

 まずは魔力そのものを強くするための瞑想を。

 それから魔力を属性変換し、炎や雷にするための反復練習。

 土や大気に干渉して操ったり、筋力や五感を強化して自分を強くしたり、魔法には色々なものがあると教えてくれた。

 別人に変身したり、寿命を延ばしたりという魔法もあるらしい。


 気がつけばテオドールは十歳になっていた。

 まだまだ子供だ。けれど五歳の頃よりは物事を知り、周りが見えるようになってきた。


 ダンジョンがいかに特殊な場所なのかを知った。そこで死んだ者は死にきれず、動く死体アンデッドになってしまうという。

 アンデッドは人を襲って、更なるアンデッドを作る。

 それを止めるには、原型が残らないほど破壊するしかない。


 ダンジョンで絶対に死なない方法などない。

 どんなに鍛え、どんなに注意を巡らせ、どんな熟練者と同行しても、死ぬときは死ぬ。

 白騎士と一緒だったとしても、だ。

 未熟な者がダンジョンに入ってはならないと厳しく言われている理由がそれだった。


「あなたの父の仇です」


 あの言葉はつまり、アンデッドになってしまった父を師匠が止めてくれたという意味だ。

 自暴自棄だった自分に、復讐をいう目的を与えてくれたのだと、今更ながらに理解した。

 だからもう恨んでいない。

 むしろ五年も一緒に過ごして親近感を覚えている。

 いや、自分でも分かっている。テオドールは師匠が好きだ。もう家族と同じだった。


 だけど分からない。

 自分たちは血が繋がっているわけでもないのに、どうしてこんなに親切にしてくれるんだろう。

 とある夜。

 焚き火を囲みながらテオドールはその疑問をぶつけてみた。


「……正直に言えば、最初は私のプライドの問題でした。あなたのお父さんは私の目の前でモンスターの攻撃を喰らって死にました。守ってあげられず、プライドが傷つきました。それで私一人が不確定都市に残って、お父さんの死体を壊して、剣を回収して、遺族に届けようと。せめてそのくらいしないと自分を許せませんでした。次はあなたに対する同情でした。あなたは父親だけでなく、母親と、生まれるはずだった新しい家族まで失ったと町の人から聞きました。あのときのテオドールを私は放って置けませんでした。それで悪役を演じようと」


「あのときの師匠の笑顔、本当に邪悪だったよ」


「そんなに、ですか? 演技が失敗するよりはいいですけど……そんなに怖い笑顔でした……?」


 師匠は頬に手を当て「むぅ」と悩む。

 それを見てテオドールは笑う。

 笑えるようになったのだ。


「だけど師匠。俺はもう死のうと思っていない。危険を冒さなきゃ、多分、一人で生きていく力もある。なのにまだ一緒にいてくれる理由はなに?」


「……テオドールは私と一緒にいるの、もう嫌になっちゃいました?」


「そんなことはない。絶対にない。照れくさいけど……俺、師匠が好きだ。家族と同じなんだ」


「ありがとうございます! 私もそうです。いつの間にかテオドールと離れるなんて考えられなくなって、弟がいたらこんな感じかなぁと思って。あなたも同じように思っていてくれたんですね……ああ、ホッとしました」


 師匠は胸を撫で下ろし、心底から安堵の息を吐いた。

 嬉しいのはテオドールも同じだ。そして同時に不思議だった。


「俺たち、血が繋がってない。なのに家族みたいに思うなんて変じゃない?」


 故郷の人たちとは、それなりの付き合いしかなかった。

 嫌がらせをされたとか、悪意をぶつけられたとか、そういうのはない。

 ただの普通の他人。死んだら供養してやるが、それだけ。

 なのに自分と師匠はどうして――。


「変じゃないですよ。だってお父さんとお母さんは血が繋がっていませんけど、家族でしょう? それと同じですよ」


「ああ、ああ! なるほど!」


 理解できた。

 大好きなら、血が繋がっていなくても家族になれるんだ。

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