第2話 最強の腹筋

「まかせておけ! そこは俺がちょっぱやで運んでやる! 銀河一だぜ!」


「うちの社長は『お任せください、私共が安全確実迅速にお運びします』と申しております、田舎訛りが強い方なので翻訳の誤作動にお気を付け下さい」


 俺と共にソファーに座るリリーが、対面に座る魚人へと俺の言葉を言い直していた。



 何故言い直す必要が?



「ギョ、誤作動だったのかギョ? うちの娘をここに、この期日まで運んでほしいギョ」


 魚の顔をした魚人の言葉は翻訳通しても聞きづらいなぁ……まぁ相手も同じ事を思っているかもだが。


「その期日ですと安全なルートが使えないですね……この場所を通る必要があります、ここは宇宙海賊が良く出る事で有名なのです、もしこのルートを使って海賊が出た場合に料金が跳ね上がりますね、具体的にはこれくらい」


「ふん、宇宙海賊なんて俺が殲滅してやるぜ!」


「ギョギョ! それは高すぎギョ、娘の持参金より高いギョ……なんとかならないギョ?」


 おかしいな段々と俺のセリフを二人共無視する様になってきたんだが……社長は俺だよな?


「うーん……それならこの保険に加入するのはいかがでしょうか? 掛け捨てなので賊が出なかった時は損をしてしまいますが、運輸業界の保険では大手なので損害査定もきっちりやってくれる所ですし、いかがですか?」


「だから俺が宇宙海賊をだな……聞いて?」


 俺のセリフに一切反応しなくなる二人……。


 まさか俺の事が誰にも見えなくなった可能性がある!? そういう漫画を見た事あるな!

 このまま俺は一生誰にも気づかれずに過ごす……のか……。


「ギョーギョー……こっちの保険の方が安くないかギョ?」


「ああええと……これかぁ……私が言ったって周りに言わないで下さいね、その保険会社は損害査定を厳しくして保険金をまともに払わないって裏では有名なんですよ、そのくせ格安をうたった広告をバンバン出すんです……お勧めしません、もし保険会社が保険金を出さない場合そちらへ経費請求する事になりますよ、ビーム一発撃つだけでもお金がかかるんですから」


「ギョー……仕方ないギョ、では最初の保険に入るギョ、娘の事を頼むギョ」


「お任せください弊社が責任を持ってお運びします、ではこちらの書類に電子サインを」



 ああ、俺の銀河最速物語が銀河透明物語へと変わるのか……。



「社長?」

「ギョっ?」


 透明なのを良い事に裸で出歩いたりするのだろうか……俺にはそんな性癖ないんだよなぁ……やっぱこう超いけてる尻尾がキュートな獣人娘とツーリングとかしたかったぜ。


「ガオガオ社長!!」


「うぉ! ……なんだリリー……俺に気付いてるんじゃねーか、それでなんだ?」


「後は社長の電子サインで契約が終わるんですよ、これお願いします」


「本当にこの会社で大丈夫なのかギョ……」



 サインね、サインっと……これで良し。



「はい、ではこれで契約は成立しました、お客様である娘さんは明日のお昼までに船までお越しください」


「判ったギョ、よろしく頼むギョ」


「任せておけ、おれが銀河最速で届けてやる! ふはは」


「あ、うちの社長はお構いなく、安全に娘さんはお届けしますから、はいでは~」


 魚人が宇宙ステーションで借りた部屋から出ていく。


 俺の言葉に一切反応無かったなあの魚人、やっぱり透明に?


「ふぅ……ガー様、出発は明日なので準備お願いしますとサイさんに伝えて来て下さい、私は船の倉庫が空いているので、ついで輸送依頼が無いか探してから帰りますから、情報収集は生身の職員相手にやった方が確実ですので」


 サイへの伝言なんて銀河ネットを使えば一瞬で伝わるんだが……直接頼む方が良いという事か?


「おう、んじゃ船に帰る、後は頼むなリリー」


「おまかせあれー」


 ヒラヒラと手を振るリリーを後に、俺は部屋を出て自分の船へと帰る。


 宇宙ステーションなので重力が調整されているのだが、この中途半端な重力は苦手なんだよな……はやく俺の船に帰るとするか。



 サイは俺好みの重力が判ってるからな。



 ……。



 ……。



 特に問題は無く巡洋艦の戦闘指揮室に辿り着いた。


「帰ったぞサイ、リリーが明日までに準備をよろしくってよ」


『お帰りなさいガオ様、すでにチェック開始しております、伝言有難うございます』



 ん? 俺が伝言を伝える前に準備を始めている? ……サイは予知能力も持ってたのか。



「よし、俺も何か手伝うよサイ」


 たまには俺も仕事を手伝わないとな、何もしない艦長なんて思われたら嫌だしよ。


『……え? ガオ様がですか? ……えーと、あ! それなら腹筋をしていて下さいガオ様』


「まて、なんで腹筋なんだよ、準備の手伝いするって言ってるだろうに、これでもおまけで中級船員免許持ってるんだぜ?」


『私がほとんどの事をこなすのが条件で取れたんですけどねそれ、民間の船の艦長は中級以上が必須ですから……』


「だよなー難しかったよなあの試験、艦長なんて号令出すのが仕事なのにな!」


 航宙ルールとか言われてもわかんねーよなー。


『という訳で、いざという時に頼りになるのはガオ様の戦闘能力なんです! なので腹筋をしていて下さい』



 ああ、そういう事か、確かに俺が弱いと皆がやべぇな、なら銀河最強の腹筋になってやるぜ。



「了解だ、それならトレーニングルームに――」


『それは改造で潰しましたよね、なので、そこの隅っこでやっていて下さい』


 そういや巡洋艦を改造するのにスペースを色々削ったっけか……しゃーねぇな、イーチ、ニーイ、サーン、シーイ、ゴーオ、ローク、……、……。



 ……。



 ……。



 シュッ、戦闘指揮室の扉が開く音が聞こえる。


 俺は未だに腹筋を続けていて、回数が千を超えたら面倒になったので数を数えるのをやめている。


「ただいま帰りましたサイさんっおわ! ……なんでガー様が床で腹筋してるんですか? ……あ……指揮室がガー様の汗の匂いで、クンクンクン……これは中々……スーハー……」


『何で深呼吸しているんですかリリー……ああ、そういえば獣人は嗅覚が優れているんでしたっけ、申し訳ありません気づきませんで、空気の浄化装置を強めておきますね』



 ふっほっはっとっやっくっ、俺のこの腹筋一回一回が皆を守る糧となっているはずだ!



「あああ……せっかくの匂いが……それで何で腹筋なんですか?」


『ガオ様が出発準備を手伝うと言い出したので、強く成る事がお手伝いだと言っておきました』



 にゅわっ、ほいさっ、どっこいっ、そろそろ腹筋にダメージが……まったくないな。



「ああ……邪魔されて出発が遅れたらまずいですもんね……それと上級技術で強化措置された肉体に腹筋とか意味あるんでしょうか? 筋肉は軽い運動さえしてたら最高の状態で維持されますよね?」


『……そんなお馬鹿な所がガオ様の可愛い所なんですよリリー』



 ぬぅぅ、まったく腹筋が痛くならん! 俺が最強すぎてこれ以上鍛えようがないと? いやまだまだー!



「まぁそうかもです、さかしいガー様とか嫌ですからね、ではお仕事の話なんですけどサイさん、これを見て下さい」


『ええ、どれどれ……あーこれは……こっちの依頼の方が安全そうですかねぇ?』


「あ、サイさんもそう思いますか? ならついでの荷運びはこっちを受けちゃいますね、荷物はすぐ来ますので受け入れ処置お願いします、私はお客様用の部屋を魚人仕様に変えてきますので」


『了解しましたリリー、貴方が居てくれて本当に……本当に良かった……』


「ふふ、そう言って貰えると嬉しいですね、ではお仕事に」


『ええ、私も荷物の受け入れ口に行きます』



 ……。



 ……。



 むぉぉぉぉ、唸れ俺の腹筋! ……あれ? サイとリリー何処行った?


 まいいか、もっかい数えてやるかぁ……イーチ、ニーイ、サーン……、……。


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