縁起が悪い葬儀 後編

 葬儀が終わると、親族は火葬場へ向かう。そこで、もう一度お経をあげてもらい、その後は食事をしながら、火葬が終わるのを待つことになる。


 暇を持て余して廊下へ出ると、親戚のおじさんたちの笑い声が聞こえてきた。


「こんな縁起が悪い日に葬式をして、じいさんが怒って、誰かを連れて行くかもな」


「まぁ、俺たちには関係ないよ。遠くに住んでいるからな」


 ——霊感がない人は、気楽でいいよな……。


 親戚のおじさんたちは、本家である私の家で起こっていることを、何も知らない。だからそんなことが言えるのだろう。


 私は、自分の家が呪われているのを分かっていて、実際に被害を受けているので、そんな話を聞いても一切笑えない。何かを口にしただけで悪いことが起こるなんて、言ったって誰も信じないだろうなと思うと、物に当たりたくなるような、歯痒い気分になる。


 もし悪いことが起こったとしても、この世のものではないものが視えない人たちは、運が悪かったとしか思わないだろう。私だって、そちらの方がいい。

 

 たとえ知ったとしても、どうせ何も出来ないのだから。


 今笑っているおじさんたちも『これから災いを受ける』と分かっていて待つ時の気持ちを一度でも体験すれば、もう笑うことはないだろう。


 親戚の葬儀で、こんなにも嫌な気持ちになるなんて、思いもしなかった。ずっとモヤモヤとした黒い感情が渦巻いて、気持ちが悪い。


 それ以上嫌な思いをしたくなかった私は、他の人たちから離れて、時間が過ぎるのを待った。




 火葬が終わっておじいさんの家に戻り、またお経を聞いて、自分の家へ帰った頃には、空はあかね色に染まっていた。


 葬儀の最中に降っていた小雨は、いつの間にか止んでいる。


 ——やっと終わった……。


 ため息をつきながら、車から降りた時だった。


 ふと、家で飼っている犬の姿が、脳裏に浮かんだ。


 私の家には、白と茶色のハスキー犬、ナナがいる。ナナはとても力が強いので、夕方の散歩は父の仕事だ。たまには散歩について行くこともあったが、私は部活があるので帰りが遅く、夕方に私が小屋に行くことは、あまりなかった。


 それなのに車を降りた瞬間、なぜか急にナナの姿が脳裏に浮かんだのだ。別に鳴き声が聞こえたわけでもない。


 ——もしかして、ナナに何かあった……?


 他の家族は家の中へ入って行ったが、気になった私は中には入らずに、ナナがいる小屋へ向かった。


 いつもは、誰かが近づくと興奮して大暴れするのにとても静かで、その静けさに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。まだ、そうだと決まったわけではないのに、脳裏には絶望的な光景が浮かんだ。


 小屋の前に立ち、ゆっくりと中を覗く——すると、ナナが倒れているのが見えた。


 全ての足をまっすぐに伸ばして、口元には少しだけ血がついている。ただ目を閉じて眠っているようにも見えるが、死んでしまっているのはすぐに分かった。


 扉を開けてお腹を撫でると、いつもより冷たい。


 ——まだ硬くなっていない……。死んでしまってから、そんなに時間は経っていないはずだ。


 私は、まだナナが近くにいるのではないかと、辺りを見まわした。


 しかし、いくら名前を呼んでも、どれだけ集中して視ようとしても、ナナの気配はどこにも感じられない。体はまだほんのりと温かいのに、すでに魂は、どこか遠くへ行ってしまったとでもいうのだろうか。


 いつもは、視たくないものが視えたり、妙な気配を感じたりするくせに、ナナを見つけられない自分に腹が立って、涙が流れた。


「なんで……?」

 何度も問いかけたが、答えてくれるものはいない。ナナがいなくなって、より一層静かになった山から、たまに木々が揺れる音が聞こえるだけだ。




 本当は月曜日に行われるはずだった葬儀を、平日に葬儀だと仕事を休まなくてはいけなくなる、などという勝手な理由で、友引の日に行った。


 おじいさんは、親戚たちのやりとりをどう思っていただろう。


 葬儀の最中に視えた暗い靄は、おじいさんとは関係がないものだったのだろうか。


 ナナはまだ若く元気だった。それなのに、友引の葬儀の後にナナが死んでしまったのは、偶然なのだろうか。


 葬儀が終わって家に帰り、犬は他にもいるのに、急にナナが脳裏に浮かんだのは、偶然なのだろうか。


 偶然は、そんなにいくつも重なるものではない気がする。


『友引の日に葬儀をしてはいけない』


 普通の家なら、そんな言葉通りのことなんて起こらないと思う。ただ私の家は、呪われた家だ。言ってはいけない言葉を口にしただけで、災いが起こることもある。


 もし、ナナが引き取られたのが、この呪われた家でなければ、ナナは、死ぬことはなかったのかも知れない、と考えてしまう。




 それとも、私のせいなのだろうか——。




 葬儀には大勢の親族が集まっていたが、おじいさんのことを可哀想だと思って気にかけていたのは、私だけだった。


 もしかすると、一緒に行こうと誘われていたのは、本当は私で、ナナは私の身代わりになっただけなのかも知れない。



 私は、そんなことは望んでいない。


 こんなことになるのなら、さっさと呪い殺されておけばよかった。



 胸が潰れそうなほど痛い。幼い頃から私を守ってくれているものたちが、また助けてくれたのかも知れないけれど、そのせいでナナが死んでしまったのだとしたら——。


 私がその場に蹲ると、どこからともなく、囁く声が聞こえてきた。


 何を言っているのかは分からないが、優しい言葉ではないような気がする。それが近くから聞こえるのか、遠くから聞こえるのかさえも分からない。ただ、囁く声がいくつも聞こえてくる。


 私は、両手で耳を塞いだ。


 ——もう、聞きたくない……!


 それでも私を嘲笑うような囁きは、止むことはなかった——。

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