碧絃の怪奇録〜誰にも言ってはいけない、不思議で奇妙な話〜

碧絃(aoi)

第1話 抜けてはいけないトンネル(ホラー)1

 私の地元には、今は使われていない古いトンネルがある。


 数年前までは使われていたが、わざわざ隣に大きなトンネルができたので、お役御免おやくごめんとなった。


 近所の人達は、

「人口700人程しかいない田舎の小さな町に、新しいトンネルをつくるなんて」


 と首をかしげていた。


 たしかに、たとえトンネルが通行止めになっても、別の場所に広い道路があるので、住んでいる人達は別に困らない。


 ただ、私には思い当たる節があった。

 それは、事故の多さだ。


 トンネルを東から、西へ抜けると広い川へ出るのだが、その川へ車が突っ込むという事故が相次いでいた。そのトンネルを通るのは地元の人達くらいなので、もちろん抜けた先に川があるのは皆分かっているはずだ。それなのに、なぜ落ちるのだろう? と私も不思議に思っていた。


 トンネルを西から東へ抜ける時は、事故は起こらない。


 でも、東から西へ抜けると、事故が起こる。


 もちろん対策はされていた。出口に看板をつけたり、夜間の照明とミラーもあるので、夜でも出口だと分かるはずだ。それでも事故は減らなかった。


 川に落ちたことがある、という親戚に話を聞くと、


「出口から出たのが、分からなかった」と言う。


 私も親の運転する車で夜に通ったことはあるが、ライトが看板やミラーに反射していたし、照明で明るくしてあったので、私でも出口だと分かった。


 なぜ親戚が、出口が分からずに川へ突っ込んだのか、その時は理解できなかった。




 中学校3年生のある日。通学のためにバスに乗ろうとすると、いつもは自転車通学の先輩2人が、バス停にやってきた。


 何だか2人が落ち込んでいるように見えたので、


「どうしたんですか? バスに乗るの、珍しいですね」


 とたずねてみた。


 すると、先輩達は一度顔を見合わせてから、青い顔をして、


「古い方のトンネルには行くなよ」


 とつぶやいた。


 そして、そのままうつむいてしまった。


 あまり言いたくないんだろうなとは思ったが、気になったので詳しく訊いてみると、部活帰りの真っ暗な中、先輩達はふざけて古い方のトンネルを抜けたらしい。


 ——東から西へ。


 そして、トンネルの中間辺りで女の声が聞こえて怖くなり、急いで抜けようとしたら、そのまま川へ落ちたらしい。

 

 道路から川へはそれほど高くないので、目立った怪我はなかった。それでも先輩達の顔を見れば、話が嘘ではない事と、どれほどの恐怖を味わったかは想像できる。


 ただ『声が聞こえた気がする』程度では、人間は引きつった顔をして、唇を震わせたりはしない。握りしめられた拳は力を入れすぎて、白くなっていた。


 先輩達は、よほどはっきりと女の声を聞いたんだろう。


 ——バカなことをするものじゃないな。


 と先輩達の顔を見ながら考えていると、前の席に座っていた同級生達が振り返って、話しかけてきた。


「俺達もトンネルに行ってみようぜ」


 ——ここにもバカな奴がいた……。


 そう思った。

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