間話 Idol Talk 〜機構少女とメモ帳〜

小洒落たメモ帳


まだあまり使われていない無地のメモ帳。

有機生命体とは異なる存在の彼女は極めて高性能のメモリを搭載しているので、"忘れる"という状態とは無縁である。しかし、彼女はお屋敷の至るところで観測されるメモを書き留めるという行為に一種の憧れに近い感情を"覚えた"ので自分のメモ帳が欲しくなったようだ。


最近は、質素なデザインであるのを気にしたお屋敷のメイドや執事達が、何かと理由をつけてシールを貼るようになったらしい。


ニキシー管の曇りが気になるような朝のこと、特に急ぎの予定もない部屋の主は、時折小首をかしげながら机に向かっている。


両手を前に組みながら、いつものメイド服に身を包んだカントは、部屋の主であるアプリオリに問いかける。

『マイスター、その小さな紙の束は何でしょうか?』

「ああ、これのことかい。これはメモ帳だよ」

そう答えながら、やや独特な握り方の万年筆がメモ帳の上を走っていく。

『いつものノートとは何が違うのですか?』

「そうだね、あのノート達は長期的に残すためのモノでこっちは短期的に残しておくモノかな」

蓋を被せ、静かに置く。やや崩れた文字の羅列は中点や矢印の後ろに文章というより単語の集合を従えている。

「大事なことを忘れてしまわないように書き残しておくことができるんだ」

手の平を返し、指にインクが付いていないのか一瞥する。

『なるほど、誰かに見せるモノではないのですね?』

「そうだね、基本的には自分だけのモノになるよ」

振り返り、等間隔にリペット打ち込まれた特徴的な引き出しを開けて、中身を見せる。

「これでも一部だけど、色々と綴っていたらもうこんなに増えてしまったよ」

『すごい量です。いつからのメモ帳でなのでしょうか?』

「先生に呼ばれて、ここに来てからだから、随分経つね」

『ここに来る前はイタリアを拠点にたくさん出張をしていて慌ただしかったのを覚えています』

「そうだったねぇ…あとまだカントも今の姿とは違ったね」

『Sì。汎用半自律型自己学習アプリケーション"Keeper's Numerous Tools"(番人の数多の道具)、電子計算機上での活動に特化していました』

「あの頃はいくつか構想こそあったけど、人型になるとは思っていなかったよ」

『構想はメモ帳に残してあるのですか?』

「もちろん、走り書きも下書きも色々あったよ。気に入ったのは別の媒体に今もしっかり残してあるよ」

『アプリケーションのときはドット絵の存在でした』

「それもそうだね――」

骨董品や美術品に囲まれて育った身としては何らかの形で表現をしたくて1日の終わりにコツコツ練習したのを覚えている。最近は中々時間を割けていなかったが久々に打ってみるのも充実した休日になりそうだ…

『マイスター、一つ質問があります。』

「ああ、何が気になっているのかな?」

『昔から気になっていたのですが、"Numerous"は確かに"数多の''という意味ですが、同じNから始まる単語なら"Nine"とか"Ninety"でも良かったのではないのでしょうか?』

「えっと、鋭い質問をありがとう。それはそうだけど、7つの道具を意識し過ぎている気がして避けたのが理由の一つだね」

『つまり他にも理由があるのでしょうか?』

「ちょっと感性よりの話だけど、数を定めてしまうと可能性に限界を定めている気がしてね。敢えて定量的にしなかった、いやしたくなかったという方が正確な表現だね」

『開発の余地を残していたのですね』

「そうとも言えるね。あと芸術でも想像の余地を残すことが大切って叔父様も言っていたから、その影響もあるかな」

ふと時計に目をやると次の用事の準備を始めたほうが良い時刻を指していた。

『次の予定は、外出が必要です。目的地までの経路を算出します……算出完了しました』

「よし、一緒に出掛けようか。」

上着を羽織り、コンパクトな鞄を持ちながら提案する。

『本日は留守番をする予定ではないのでしょうか?』

「少し気が変わってね、用事が終わったら、少し買い物をしたくなってね」

『Sì。荷物持ちですか、承知しました』

「いや、今回は違うよ」

『?』

「カントのメモ帳を買おうと思っていてね、気になっているのかなと思ったんだけど」

『Sì。マイスター……』



カントはどんなメモ帳に興味をそそられるのか?カントはこの世界をどう表現するのか?関心事は尽きない「これが充実感か」そう呟きながら、一つ目の用事を早々に終わらせて、雑貨店に向かう足取りは何時もより軽い気がした。

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執事とメイドの手記 Yuna=Atari=Vialette @AtariYunaV

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