北海道に恋した日

龍羽

北海道に恋した日


 昔話をしようと思う。

 その日、自分は小樽の街へ工芸品を見に行こうと車を走らせていた。


 小樽は北海道にある。札幌より西に40分ほど車を走らせた港町だ。小樽運河もこの街の有数の観光名所の一つだろう。


 当時自分は北海道の田舎に住んでいた。

 と言っても札幌へギリギリ通える距離の場所だ。一応本数は少ないが高速バス一本で行ける。札幌は小樽へ行くときの通り道だった。


 そんな長距離運転でようやく着いた小樽で、駐車場を探すべくぐるぐる回った。家族に連れて行ってもらった時に父が停めていた駐車場を探していた。

 小樽は積丹半島の入り口のような位置にある。奥に行き過ぎると半島一周コースだ。その時はまだ それは絶対に避けるべきと考えていた。


 この日は自分にとって初の単独小樽観光になる筈だった。


 近い所まで行っていたとは思う。けれどなかなか停められない。

 どこかで路肩かなんかに停めて地図で確認しようと急勾配な道へ入ってしまったのが長い1日の始まりだった。



 中央線のある峠道。けれども入口あたりの緑から始まってどんどん登り坂。明らかに登り坂。

 当時は登下校にしか車を走らせていなかったので、そんなに運転に自信はない。適性はギリギリだった。ぶっちゃけ今も自信はあまりない。そんな運転レベルではUターンとか怖くてできなかった。


 しばらく走って見つけたパーキングエリアでようやく車を停める事ができた。


 そこはどうやら展望スペースだったらしい。小樽の街が一望できた。あいにくの曇り空だったけれど、なかなか素晴らしい景色だった。


 地図で確認してどんなルートでここまで来たのか推理する。

 なんとか現在地を突き止めてそれで———ふと考えた。


「このまま進んだらどこに着くんだろう?」

 好奇心の赴くままに、自分はさらに奥地へ車を走らせた。


   * * *


 どんどん走る。

 山が濃くなる。

 曇っていた空の雲が近くなる。


 ふと見上げた空の雲の上に———森が浮いていた。

 白い空の上に森が浮いて見えていた。


 霧だ。

 いや、峠なので雲だったかもしれない。


 峠の空の向こうに見え隠れする山々。

 まるで岩山が浮いているような。


 やがて巨体が正面に見える。


 北海道の蝦夷富士———羊蹄山が浮いていた。


 山の天気は移ろいやすい。

 みるみる薄れていく雲。

 羊蹄山の正面に構える道の駅に駐車した。その頃には雲はもう山と地面の境界をうっすらと隠す程度しか残ってない。

 それでも写真を撮ろうとカメラを構える———電池が切れていた。

 当時はiPhoneで撮影する発想がなかったのでカメラで撮れなかったらそれまでだった。当然道中の空に浮く森も撮れていない。


 自分はその光景を目に焼き付けることにした。


 さて ここまで来ると帰り道を考えなければならない。

 だが当時の自分はそこでさらに遠回りを選択した———洞爺湖ルートだった。行き着く所まで行こうと考えたのだった。


 洞爺湖畔の観光案内所のような場所に立ち寄って、時計回りに湖畔を走る。この時点ですでに陽は落ち真っ暗だった。


 この先は吊り橋効果だ。

 道路の脇から覆いかぶさるように生えた巨木がライトに照らされ不気味に浮かび上がる。ぶっちゃけ自分は怖がりだ。その手の話はなるべく嫌厭してる。

 どうやって支笏湖を通過したのか覚えていない。


 最後に暗い農道で道に迷ったところまでがオチだった。


 無計画に遠出なんてするもんじゃないと この日はとても教訓になった。



 北海道にはどんな日でもシャッターチャンスが転がっている。

 天気のいい日だけがドライブ日和ではない。

 この頃はカメラを持ち歩いていたが、今ではすっかりiPhoneに持ち変わった。携帯ならば必ず充電は欠かさない。手軽に素敵な写真が撮れる時代だ。


 道に迷ったその先で、好奇心の赴くまま。

 虚空に浮かぶ神秘の山も。

 闇夜に浮かぶ白い樹木も。


 自分はあの日———北海道を走る魅力に堕とされた。



 その後、道の駅巡りにハマったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

北海道に恋した日 龍羽 @tatsuba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ