第10話 おまえは、誰だ? ・・・

二人暮らしの、一人の女性がいる。

同居人は、一匹のネコ。

同居ネコ、と言うべきか。

言ってしまえば、一人暮らしだが、

毎朝、出勤前に、洗面所の小さな鏡で姿を点検するのに、不自由を感じていた。


ある日、大きな姿見を買い込んで、玄関の脇に立てかけた。

足元まで全身が映し出せる鏡だ。

これで出かける間際の、最後のチェックが完璧になったように思えた。


留守番の同居ネコが、姿見に気がついてのぞき込んだ。

・・・おまえは、誰だ?・・・

同居ネコは見たこともないヤツの存在に、クッと背中を盛り上げて緊張した。

不審気に様子をうかがう。

前足を上げる。

目の前のヤツも上げる。

べちょっと、くっつける。

ヤツも自分の肉球にくっつけてきた。

何をする!?・・・

ヤツの肉球の感触が???

右へ行くとついてくる。

左へ行っても・・・

だんだん、本当に腹が立ってきた。

一気に2本足立ちになって、ネコパンチを連発する。

コンニャロ、コンニャロ、コンニャロ!

なぜか、滑る、滑るけど・・・

ヤツもおんなじだけ、おんなじタイミングで殴り返してくるのだ。


同居ネコは、疲れてきた。

何をしてもやり甲斐のないヤツに、嫌気がさしてきたのだ。

少なくとも、向こうから飛びかかってくる様子はなさそうなので、

同居ネコは姿見の前から立ち去った。

姿見から姿が消えて行くのに合わせるように、姿見の後ろから同じ姿のネコが現れた。

そして背後から同居ネコに飛びかかった。音もなく。


同居ネコの全身の毛が一瞬、ゾワっと逆立った。

飛びかかった姿は同居ネコに覆いかぶさるように、その姿の中に消えていた。

同居ネコが振り返った。

夜でもないのに、瞬間、その両目がギロリと光った。


同居ネコは何事もなかったかのように、台所のキャットフードの器の所に行った。

お腹を満たし、近場の座布団の上に丸くなった。

いつも通りの日常が過ぎていく・・・。


いつも通りの朝。

女性は同居ネコの器にキャットフードを入れると、それを最後に玄関に向かった。

姿見の前で最後のチェックを入念にする。

姿見に近づいたり、離れたりして、体をよじって後ろ姿の方まで。

「ミィちゃん、行ってくるね!」

納得して、そう叫びながら靴を履こうとする。

姿見の後ろから、同じ姿が現れた。

そして背後から飛びかかる。音もなく。

女性の身の毛が一瞬、よだった。

女性は振り返った。

写真に撮ったわけでもないのに、その両目が瞬間、赤く光った。

女性は、気のせいかしら? と思い直して、出勤して行った。


・・・鏡よ、鏡。鏡の中の、おまえは、誰だ?・・・


・・・鏡の外の、おまえは、誰だ?・・・



                    ─── END ───

        





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