第7話 缶蹴りながら ・・・

さーちゃんは小学二年生。

今日も一人で学校から帰る。

友達とワイワイ帰るより、

一人でスタコラ帰るのが好き。

おばあちゃんに呼ばれても、

近所のおっちゃんが声をかけてきても、

さーちゃんは見向きもせずに、どんどん歩く。


そう。家まで色んなことを、

頭の中でぐるぐるしながら歩いているのが、

大好きなのだ。


校門を出たところで、

さーちゃんは丁度いい石ころを見つけた。

家まで蹴飛ばしながら、連れて帰るのに丁度いい石ころ。


連れて帰ったって、どうするわけでもない。

家のコンクリート塀にでも当たったら、

それはそれでおしまい。

あしたその石ころがそのままそこにあってもなくても、

多分、さーちゃんはもう忘れてる。


家まで半分くらいまで来たところで、

蹴飛ばした石ころが道端の缶カラに当たった。

寝ころんでいた缶カラは、

ポーン! と弾かれて、少しばかり飛び上がった。

と思ったら、スタッと地面に着地した。

缶カラは真っ直ぐに立っていた。


「9.95」


不思議な声が聞こえた。

「え?」

さーちゃんはびっくりしてあたりを見まわした。


「ここだよ、ここ」


また聞こえた。

さーちゃんはびくっとして缶カラの方を見た。


「着地がちょい斜め。だからマイナス0.05点」


「えええ?」

さーちゃんは目をまん丸くして缶カラに近づいていった。

缶カラの前にしゃがみ込む。

「何か・・・しゃべった?」

恐る恐る、聞いてみる。


「聞こえたと思った?」

缶カラも聞いてきた。

「・・・やっぱりしゃべってる!」

さーちゃんは両手で口を押さえて、しゃがんだまま少し後ずさりした。

「なら聞こえてるんだよ」

そう言った缶カラは、

「持ってごらん。ただの缶カンだから」

と言ってきた。

さーちゃんはまだビクビクしながらも、

怖いもの見たさも出てきて、缶カラを手に取ってみた。

乾いて白くなった泥が少しまわりにこびりついている。

それを指でこすり取ってみると、

CMで見たスポーツ・ドリンクの絵柄が現れた。

「TVで見たやつだ」


「ボクはスポーツ・ドリンクだったのさ」


何だか、得意そうに缶カラは言った。

「何で私にしゃべったの?」

さーちゃんは聞いてみた。

「君がボクを起こしたからさ」

「寝てたの?」

「寝っころがってた、ずっと」


さーちゃんは何だか缶カラともっと話していたいような気がしてきた。

「お家に持って帰っていい?」

「ボクは別にいいけど」


さーちゃんは缶カラを持って、お家に向かって駆け出した。

「ボクも走りたい」

缶カラはそんなことを言った。

「え?」

さーちゃんは立ち止まった。もうびっくりはしない。

「見てたよ。石ころ蹴っ飛ばしてきたでしょ。

ボクも蹴っ飛ばしてよ」

「いいの?」

「うん、最近、運動不足」

そんなら、と、さーちゃんは缶カラを地面に置く。

お家の方に向かって、軽く、蹴ってみた。


「ワーイ!」

缶カラは嬉しそうにカラカラコロコロところがっていく。

止まったところで、またカラカラ・・・


「ただいまー!」

「おかえりー!」

お母さんの声が台所から返ってくる。

さーちゃんは台所には行かずに、洗面台で缶カラを綺麗に洗った。

内側にも、何回も水を入れて。

秘密にしておきたかった。


次の日、さーちゃんは道端でれんげ草やタンポポなんかをいっぱい摘んできて、

缶カラに水を入れて飲み口に挿して飾った。

お母さんに見つかった。

「花瓶ならあるのに」

「いいの! これで!」

さーちゃんは机の上で、缶カラを両手で握りしめた。

「ありがとね」

缶カラは花の帽子をかぶって、さーちゃんの机の上の住人になった。


花が枯れると、さーちゃんは缶カラを持ち出して、蹴飛ばした。

運動不足にならないように。

その度に、缶カラを綺麗に洗うから、

缶カラも、いつも綺麗。

そして新しい花の帽子をかぶせる。

そんなことをしながら、学校であったことなんかを缶カラに話す。

「うんうん、それで?」

缶カラはいつもさーちゃんとおんなじ気持ちになって、

笑ったり、怒ったり・・・

さーちゃんは余計に毎日、一人でスタコラ帰る。


でも、だんだん缶カラの口数が少なくなってきた。

声をかけても返ってこなくなり・・・

「もう、知らない!」

布団の中で、机に背中を向けても何も言ってくれない。

どうしてだかわからない・・・

それでも、泣いてはいけないよ、

と缶カラが言っているような気はしていた。


いつしか、さーちゃんは缶カラを蹴飛ばすのを忘れるようになった。

友達が家に遊びにきても、缶カラのことが気になることもなく・・・


いつの間にか、缶カラはてっぺんを開けられ、

ふちに赤いビニールテープが巻かれて、ペン立てになっていた。

筆記用具ばかりじゃなく、ハサミや定規も立てられていた。

もう、何年も缶カラは洗ってない。


さーちゃんは高校生になった。

机の上のペン立ては、

お店で買ったスタイリッシュなアルミケースに変わっていた。

缶カラはどこへ行ったのか・・・


多分、さーちゃんはもう忘れてる。



                    ─── END ───










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