第4話 (あなたと)一夜漬け ・・・ ♪ One Night ( With You) ♪

 リリリリリーン、 リリリリリーン


 レトロな黒電話音が鳴り響く。

 私は片目で枕元の時計を見た。

 丑三つ時ではないか・・・

 隣のスマホを取る。ヤツだ。


 「もしも!」


 いきなりな声が耳を突き通す。

 私は耳からスマホを離した。


 「何やねん」


 私は思いっきり不機嫌に答える。

 大方、ヤツの魂胆はわかっている。


 「今、数Ⅱやってんねん」

 「で?」

 「対数方程式んとこちょっとノート見してくりや」


 案の定だ。いつもヤツはその科目前日の一夜漬けでテストを乗り切ろうとする。

 初日の一発目が、数学ⅡB。

 もちろん、私は準備万端でこうして明日に備えるべくとっくに就寝している。

 そして、そんな私を当てこんでヤツはまるでピザ配みたいに電話一本で呼びつけるのだ。

 いくら幼なじみで小中高と腐れ縁のようにくっつかされてきたとはいえ・・・

 所詮、ヤツなど私の範疇ではない。

 しかし、ヤツは私を気安く使える便利ツールだと思ってやがる。

 100均に売ってるような。


 「あのなあ、数学なんか人のノート見てわかるもんちゃうで」

 「せやからこうして懇切丁寧な解説をお願いしよ思てやな」


 何でヤツに個人レッスンしてやらにゃならんのだ。しかも草木も眠る時間帯に。


 「何ぼくれる!?」


 私は腹立ち紛れに言い放った。


 「学食おごるし」 出た、ヤツの定番だ。

 「ふん、きつねか」 きつね一匹でこき使えると・・・

 「たぬきでどうじゃ?」


 私は面倒くさくなって電話を切った。

 そして、寝ぼけ眼で問題集を引っ張り出し、基本的な対数方程式の例題と解説のページをスマホで写すと、画角が歪んでいるのも無視して送信してやった。

 「たぬき相当」という文字を添付して。


 翌日───。

 ヤツは現れなかった。

 なんや、結局すっぽかすんかいな。

 それどころか、ヤツはテストを全休しよった。


 テスト期間が終わった翌日、

 ヤツの机の上に、花瓶の花が置かれた。

 ざわざわとクラスが噂する。

 イジメを苦にしたらしいと・・・

 

 ヤツが何かを苦にしてたって?

 苦にするようなヤツが夜中に一夜漬けを迫ってくるか?

 誰にイジメられてたって?

 ずっとクラスのお笑い担当を引き受けていたヤツが?

 それで、お笑いを目指していたヤツが?


 もちろん、生徒たちの間でも、職員の間でも

 原因究明の話し合いは何度もなされたが・・・

 どこにも思い当たる節はない。

 まさに、「迷宮入り」だ。

 私は黙っていた。


 人間、何が「引き金」になるかわからない───。

 私はおそらく、クラスではヤツと最後に話した人間だ。

 だが、あんなものを引き金にされたんじゃたまったもんじゃない。


 対数方程式と、歪んだ写真と、たぬきそば・・・

 一夜漬けの拒絶・・・

 

 私はその謎を抱えたまま、ヤツのいないまま、

 これから先を・・・

             

                 ─── END ───



         

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