負担


あの目の覚めるような赤い女と会ってひと月が経った。

お姉様に伺おうにもタイミングが合わず、結局あの麗人は誰だったのかとクラスメイトの山口さん――いや、今は佳乃子さんか――にそれとなく聞いたら、苛烈さで有名な『鬼の君』こと鬼塚アヤメ先輩だということがわかった。どう苛烈かと尋ねたら今にわかるよ、などと答えられて余計に私の頭を悩ませる。


「そういえば、生徒会選挙。そろそろだよね」

「生徒会……でも私ここのことまだあまりわからないし」

「まあまあ、そういうのはまた選挙前に改めて発表されるしさ。そんなに重く構えなくていいよ」

「そういうものかな」

「そうそう!そんなもんだよっ」


 にこやかに答える佳乃子さんに力無い笑みで返した。この外界から謝絶された学園にもそういうシステムがあるのに、少し親近感を覚えて安堵する。


 私はまだ、この花の咲き誇るような美しい学園にいるのがどこかの創作のように思えて仕方がなかったのだ。今でも夢なのではと感じて頬をつねりたくなってしまう。(いや、実際することはないのだが)

 こんな夢現な状態でもなおここの授業を受けて点数がある程度取れるのだから、私の脳というのは随分と容量よくできているものだと感心する。ぼんやりと教室の外にある名前のわからない常緑樹の梢についたたくさんの青々とした葉っぱたちを眺めていたら、声をかけられた。

 

「あ、百井さん。お姉様がお迎えに来てくださってるよ」

「もうそんな時間!?ありがとう」

「じゃあごきげんよう、由紀さん」

「うん、ごきげんよう!佳乃子さんっ」


カバンを持ってできるだけ淑やかに、そして急いでお姉さまのところへ向かう。お姉様は相変わらずそのスラリとした美しい容姿を惜しげもなく、出血大サービスというほどではないが晒していて、クラスメイトや他のクラスの子の視線を一身に受けている。しかし、お姉様はそんなこと位に介さないようであの端正で表情のない顔で私を見つめていた。不気味の谷現象よろしくどこか空恐ろしくなりそうなほどのその人形のような顔を器用にお姉様は口だけを動かす。


「では行きましょうか」

「あ、は、はいっ」


もう一月も経てばある程度の学校の構造はわかるというのに、お姉様はずっと私のためだけに迎えに来ては一緒に帰ってくださる。特に話すことがないという何とも居心地の悪さに胃を痛めることにも悲しいかな、だんだんと慣れてきた。以前お姉様の気持ちなど理解できようもなく、その行動一つ一つに疑念を抱く日々を送っている。さわ、と初夏の風が強く吹いてお姉様の艶やかな髪を激しく乱した。隣にいた私は、その時お姉さまの首元できらりと光る何かが見えたような気がして声をかけた。


「お姉様、その首のものは」

「私のお姉様から貰ったものよ」


――そしていずれあなたにも渡すことになるもの。

お姉様のその言葉に思わず眉根が寄る。今まで転勤族をしてきた私にそんな思いのこもった重いものを引き継がせようとしないで欲しい、おそらく私はここに長居することもないのだろうから受け取るだけ損となること必須なのに。

セーラーの襟から見えやすいように取り出されたネックレスは綺麗な女性の横顔をモチーフにしたカメオのトップがついていて、背景の彩度ある深緑が清廉な雰囲気を醸し出していた。縁には金の施しがあって何とも華やかで高価そうな一品である。余計に受け取るわけにはいかない、恐れ多すぎる。

あまりの新事実に私はくらり、と軽く目眩を起こした。

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笹の君なお姉様に毎日世話焼かれてます 野山ネコ @pis_utachio

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