転入 1-6


「由紀はどこまで教えてもらったのかしら?」


 お昼、ご飯も食べ終わりさて案内を、といったところでお姉様がそう切り出した。教えてもらったと言ってもほとんどが教室かグラウンドだったから、ほとんど移動してないに等しい私はどう返答しようかと言葉を詰まらせる。

 お姉様の先程の冷えた声のせいで購買のパンの味すら分からなかったほどだ。今も底冷えするほど緊張して、胃が痛い。詰まる声をなんとか振り絞り、何でもないように口を開く。


「ええと、グラウンドと教室の行き方だけ、です。教えてもらったの……」

「そう。それなら早く行きましょうか」

「は、はい?」

「この学園は広く作られているから案内にも時間がかかるでしょう?ほら、立ちなさい由紀。お昼休みが終わってしまうわ」

「はひっ」


思わず声が裏返ったが、仕方ない。私は食べ終わったパンのゴミを捨てにいき、慌てを表に極力出さないようにお姉様の元へ戻る。お待たせしました、と声をかけて戻るとお姉様はじゃあこちらからいきましょうか、と左側の廊下へと歩を進めた。

 時折すれ違う女生徒たちの視線や、お姉様との言葉数が少ないことがとても胃に優しくない。今先導をしてくれているこの人は今も怒っているのだろうか?それすらも分からないどうしようもない不安の中、ふと校舎の突き当たりで足が止まった。


「ここが被服室。裁縫の授業の時に必要になるわ。その奥が調理実習室。基本的に家庭科の授業はここで受けるものと思ってちょうだい」

「はい」

「次に近いのは理科室かしら。反対側の突き当たりにあるけど階が同じなの、ついてらっしゃい」


くるり、と方向転換してお姉様はその長い黒髪を靡かせる。その時のお姉様の表情は依然として変わらぬままで、今の私では読み取ることなどできなかった。こういう時に心を読む能力というものが欲しくなる。お姉様は今何を考えていらっしゃるのだろうか。

 ちらりと窓の外を見る。校門しか見えないと思っていたそこにもお昼休みを満喫する女生徒たちがいて、どの子も会話を楽しそうにしている様子にとても羨ましくなった。


「さあ、ここが理科室よ。その手前に理科準備室があるわ。理科以外では基本的に化学部の領域ね」

「化学部、ですか」

「ええ。学会とまではいかないけれど、コンクールに出ては色々発表をしているみたいよ」

「そうなんですね」

「ここの学校は任意で部活への参加が出来るの。由紀は何か希望があって?」

「わ、私ですか?ええと、特には」

「……そう。さあ、次は二階にいきましょうか」


あいも変わらずお姉様の表情は変わらない。心なしか、空気が重くなったような気がして息が詰まりそうだ。でも、そんなことを悟られるわけにはいかない。ばれたが最後、空気がより一層重くなると言うものだ。

 タン、タンと階段を登っていく。踊り場に出て揺れるスカートの端が、この人を『生きた人間』だとそう証明させている。ここはどうやら人が通りにくい場所らしい。


「とりあえず、二階を全部見終わったら教室に戻りましょうか。由紀、次の授業は大丈夫かしら?」

「は、はいっ。今日はほとんど教室なので……!」

「そう。ならゆっくり戻れるわね」


二階に着いた途端、廊下の窓が空いていたのかふわりと風が舞う。空気を纏ったお姉様の髪がまるで川のようにキラキラと流れて、私は息を呑んだ。

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