転入1-5
「あれ?お昼、どっか行くの?」
「うん、お姉様に呼ばれているから」
「えっお姉様ってあの、『笹の君』!?」
お昼の時間、ざわざわと騒がしい教室で一際大きな声を出してそう山口さんが言う。ただでさえ目立つのだから、もう少し声を下げて欲しい。ちらちらとこちらを遠巻きに見るクラスメイト達の様子が、まるで腫れ物扱いのようでどうにも居心地が悪い。それもあいまって目立ちたくないと言うのに。そうため息をこぼした時、開いているクラスのドアを叩く音がする。途端に静まり返るクラスメイト達。しんとした空気の中、何かとても美しいものを奏でるような声が響いた。
「百井由紀はいるかしら、約束していたのだけど」
その声にざっと私の方を見るクラスメイト達。余計に目立ってしまって、胃の痛みがよりいっそう強くなった気がした。そういえばどこで落ち合うとか話してませんでしたね、そりゃあこっちの教室に来るかと理解はした。……納得は出来ないけれど。
クラスメイトの頭一つ分高い背で私をキョロキョロと探す姿は、同性の私でも可愛いと思わせる。
私は慌ててお財布を持って立ち上がると、お姉さまのところに向かった。
「お姉様、お迎えありがとうございます」
「良いのよ。……由紀、あなたお昼は?」
「作りそびれたので買おうかと思います」
「そう、じゃあ先に購買までいきましょうか」
後ろでひそひそと話されている声と、視線が刺さって痛い。それを無視して、お姉様の少し後ろを歩いて購買への道を覚える。すれ違いざまにお姉様を見つめる女生徒やその後ろをついていく私への好奇の差しは、教室から出ても依然として途絶えることはないままだ。少し視線を落として出来るだけ目が合わないように歩くようにする。人の視線をできるだけ避けて生きてきた人間の私は、それだけで少しばかり気持ちが楽になった気がした。
――お姉様は平気なんだろうな。
視線を下に落としていたのを少し上げて、その人の後ろ姿を見る。ピンと伸びた背筋、靡く黒髪、翻ることを知らないスカート。そのどれをとっても絵画の中の一枚に見えて仕方ない。ああ、私もあれほど堂々とできたらどれだけ良かったか。
「由紀、着いたわ。ここが購買、早くしないと無くなってしまうから買ってらっしゃい」
「は、はいっ。ありがとうございます、お姉様」
お姉様の背中にぶつかることなく止まると、目の前にはいろんな学年の子がわらわらと集まってパンを買っていた。数には限りがあるらしいから、早く行かないと。お姉様に一礼したあとで、私は戦場のように混乱した学徒の群れに入っていく。こんなにたくさんいるとは思わなかったし、こんなにもみくちゃにされるとは思わなかったけど何とか好みで目当てのパンは買えたことに安堵する。お姉様は購買の外、通路の邪魔にならないような端のところでじっと待っていてくれていた。
「お姉様、お待たせしました」
「大丈夫よ。それより、早くお昼をいただきましょうか。案内する時間がなくなってしまうわ」
「す、すみません。お時間をとらせてしまって」
「いいえ、気にしないでちょうだい」
これなら朝早くに起きてお弁当の一つでも作っておけばよかった、そうすればお姉様を待たせることもなかったのに。心なしかお姉様の声もキンとした冬の朝を思わせる冷たさを纏っているように思えて、私はぎゅっと買ったばかりのパンを握った。
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