転入 1-4


「ここが職員室よ。授業や進路で悩んだ時はここに来るといいわ」

「失礼します」


 お姉様の後に続き職員室に入るとそこは、木造ながらゴシック様式を基調とした洗練された場所だった。古臭さなど微塵も感じさせないそこは、いるだけで自然と姿勢が良くなってしまう。そんな中をお姉様は慣れたように担任の先生らしい人を呼び、私を連れてきた旨を伝える。どうやらここでお姉様とお別れのようだと思うと少しばかり寂しさが胸をよぎったが、仕方ない。お姉様にも生活があるんだから。


「百井さんね、これからよろしく」

「はい。よろしくお願いします」

「変わった時期に転入して困ることが多々あるでしょうけど、クラスの子や同室のお姉様にたくさん聞いて覚えてね」

「は、はあ」


 担任の先生であろう女性にそう言われて、なんとも気の抜けた返事を返す。同室の方のお陰でクラスに馴染めるか怪しいんですけど……とは口が裂けても言えなかった。

 全体的に木造の落ち着いた廊下を、スカートが翻らないように歩く。それが物珍しくて、はしたないが、先生の後をキョロキョロしながらついていく。

階段を登り、踊り場の鏡の中の自分と目が合う。まだ制服に『着られている』自分の姿を見て苦笑いが溢れた。この姿もいつか慣れるのだろうか、と思うが今はまだきっとその時じゃない。


「今日からここが貴女の教室よ。私が呼んだら入ってきて」

「わかりました」


 先生がとある教室の前で止まり、ドアの向こうへ消えていく。この待っている間はまるで、入学式のときに初めて教室に入る気分だ。トクトクと騒ぎ立てる心臓を深呼吸で落ち着かせて、教室のドアのすりガラスを見つめる。向こうには、どんな人たちが待っているのだろう?先ほどの不安は『なり』を潜め、期待に震えた。

二、三度深呼吸をして心を落ち着かせるが、やはり緊張はするもので、体の前で交差する指を動かしてはこのどうしようもない感情を逃がそうとしている。

 5月中旬特有の暖かさと、ドアの向こうにいる人の気配。

初めての転入だからかより一層、自分がまだここの部外者であるとまざまざと感じてしまう。早く呼んで欲しい反面、まだ心の準備が整っていないから待って欲しいと言う気持ちが混ざり合ってどうにも落ち着かないでいた。


「百井さん、入ってきて」

「は、はいっ。失礼しますっ」


どうしよう、と考えていた時に呼ばれて声が裏返ってしまう。その恥ずかしさをどうにか押し込んで、ドアに手をかけ教室に入る。三者三様、十人十色の視線が私に注目した。それだけで頭の中はパニックになって何から話そうとかどう自分を伝えようなんて考えは全てフラッシュを焚かれたように真っ白になった。どうしよう、何を伝える?名前を言ってそれからええと。しっかりしろ、私。ちゃんと挨拶しなくちゃ、これからここで生活していくんだから。


「百井由紀です、わからないことばかりだと思いますが、教えてくださると嬉しいです。よろしくお願いします」

「百井さんの席は窓際前から三番目ね。山口さん、色々教えてあげて」

「はーい!百井さん、こっちこっち!」


明るい声が私を呼ぶ。快活そうな猫っ毛のショートヘアを揺らし手を挙げて人懐っこい笑みを浮かべる山口さんと言うクラスメイトは、私とまたタイプの違う人種だとすぐに理解できた。


「教科書は揃ってる?ないなら一緒に見よ!」

「あ、あるから大丈夫、ありがとう」

「そう?授業もわからないところあると思うから聞いてね!」

「う、うん」


 ハキハキとした彼女の言動と距離感に戸惑いながら返事をする。……早くもお姉様のあの静かな空気感が恋しくなってきた。早くお昼にならないかなあ。

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