転入 1-2
「あら。貴女、御夕飯は?」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
「ずっと作業なさっていたものね。さ、食堂に参りましょう」
案内してあげる、と美しい声でそう伝えられるものだからドギマギしてしまう。入ってまだ1日目なのだ、慣れるわけがない。ぎこちなく返事をした後、お姉様の後に続いて食堂へ向かう。
食堂はそれなりに広く、クリーム色を基調とした壁が暖かなライトに照らされて食事をより一層美味しく引き立てている。そんな食堂とは裏腹に、ざわついていたであろう食堂が少しばかり静かになり、ヒソヒソと声を殺して話しているのが耳についた。
「お姉様、あの」
「……いつもこうなの。気になるでしょうけど、気にしないで」
「わかり、ました」
困惑を隠せないでいると、声を押し殺しているのであろう囁くような声が耳に入った。その会話はどれも「笹の君の同室がいらっしゃったわ」「あの方にサポートしていただけるなんて羨ましい」「笹の君は今日もお美しくいらっしゃるわ」と言ったもので、お姉様の持つ魅力がここまでさせているのかと納得する。そりゃあ、これだけの美貌をお持ちなのだから持て囃されるのもしかたないことだ。
「どうかしたの?」
「あ、いえ。なんでもないです」
「それならいいのだけれど。食券の買い方はご存じ?」
「はい、大丈夫です」
「そう。なら好きなものを選んで、職員さんに渡しに行くわよ」
「はい」
食券を買う姿が珍しくて思わずじっと見つめていると、お姉様は「買いづらいわ、あまり見ないでちょうだい」と言われ、私は慌てて謝った後にお姉様と同じハンバーグセットを頼む。
雛鳥のような気分でお姉様の後に続き、職員さんに食券を渡すとなれた手つきで券を回収された。その後、トレイに乗った温かいご飯を持って純白のテーブルクロスの上に置く。弧を描くようにデザインされた背もたれを引いて座ると、椅子についている少しだけ柔らかいクッションが心地いい。
「いただきます」
「い、いただきます……」
ナイフとフォークを使って柔らかなハンバーグを切り、口に運ぶ。じゅわりと広がる肉汁とソースの味に、頬を綻ばせる。柔らかいバゲットはほんのりと温かく、小さくちぎるとほこほこと湯気とともに特有の甘い香りが鼻をくすぐった。コンソメスープを口に運ぶと、野菜の滋味が塩分で底上げされて心温ま無多様に感じる。どれも総じて美味しい。
「どうかなさって?」
「あ、いえ……美味しいな、と思って」
「そう。それなら返却するときにお伝えするといいわ。きっと喜ぶもの」
「はい、そうします」
頬の緩みが止まらないまま、お姉様にそう答えた。この表情のなかなか変わらないこの人の人となりがなんとなく理解できてきたような気がする。そう思ってニンジンのグラッセを口に運んだ。
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