笹の君なお姉様に毎日世話焼かれてます

野山ネコ

転入

「ごきげんよう」――そんな言葉が飛び交う時代錯誤と錯覚してしまいそうなここ、私立ブランカ女学園。スカートを優雅に揺らしながら歩いていく淑女のたまご達が墨の川のような髪を風に遊ばせて学園に向かう。その美しく統率された流れをぼんやり眺め終わったあと、私は我に帰った。いけない、寄宿舎の管理人さんにご挨拶しなくちゃ。

 郵送し終えた荷物以外のものが入ったキャリーケースをゴロゴロと転がし、管理室の窓口にそっと顔を覗かせる。事務所のようになっているそこに目を配ると、老齢の女性がにこやかに声をかけた。

 

「ごきげんよう」

「お、おはようございます。あの、今日から寄宿する百井由紀と申します」

「ああ、百井さんね!お話は聞いているわ、お部屋まで案内しましょうね」

「よろしくお願いします」


管理室から出てきた管理人さんの後ろをついていく。美しく保たれた宿舎が珍しくて、ついキョロキョロと辺りを見回しそうになる。今日からここで過ごすんだから、しっかりしないと。管理人さんにトイレやお風呂場、食堂を大まかに案内された後で二階角の部屋にたどり着く。


「詳しいことは同室の子に聞いてね」

「同室の方、ですか?」

「ええ。ここの学校では同室の先輩にサポートしてもらう習わしなの」

「はあ」


 習わし、と聞いて随分と間の抜けた返事をしてしまったことに少し恥じた。管理人さんがドアをノックしてから、鈴を転がすような美しい声が「どうぞ」と言った。どんな人が居るんだろう、仲良くなれるといいのだけど。そう不安になっているなか、開いたドアの向こう側にいる人と目が合った。

――美しい。

私の持ってる語彙ではそれが精一杯の賛辞だった。彼女の体に沿って流れる緑の黒髪は蛍光灯の光により幾重にも天使の輪を纏い、長いまつげに縁取られた黒曜石の目は吸い込まれるかと思うほどに煌めいていて、そんな黒い髪と目とは正反対に玉のような肌は初雪を思わせるほど白く艶めいていた。こんな人形のように美しい人が私のサポートをしてくれるだなんて、と思うと喜びよりも恐れ多さの方が優ってしまう。


「新しく同室になる方ね。貴女、お名前は?」

「は、はいっ。百井由紀です」

「そう。私は笹山明希。よろしくお願いするわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 不躾にもジロジロ見てしまった私に声をかけてくださる笹山さんに、思わず声が裏返ってしまった。第一印象があまり良くないものになってしまった、と嘆いていても仕方ない。管理人さんは「それじゃあ笹山さん、よろしくお願いするわね」なんて言葉を残して管理室に戻ったようで、残った私と笹山さんのえも言えない空気に押し潰されそうになった。ここからどう会話を広げようか悩んだ時、笹山さんが口を開いた。


「荷解きしないの?」

「し、します。ええと、笹山、先輩」

「ここでは先輩のことをお姉様と呼ぶのよ、由紀」

「そうなんですね、すみません……」

「いいわ。少しずつ教えてあげるから、気にしないで頂戴」

「は、はあ」


さらり、と長い黒髪を靡かせてそう答える笹山先輩――お姉様に情けなくも生返事で返して荷解きを始める。今日はまだ休みだというのに、生徒が制服を着て学園へ行ったした理由はわからないままだ。また理由を教えてくださるだろう、と心のどこかに追いやり私は目の前の荷物と向き合った。

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