三つ巴

 部屋の中は薄暗くなり、窓から淡く差し込んだ真っ赤な日差しが、カリンさんの姿を照らしていた。


 瞳は濡れて、日焼け跡のくっきりした肉体は汗ばんでおり、赤い光を反射する。


「なに、……それ」

「見たまんまだよ。針」


 言ってる意味が分からなかった。

 カリンさんの健康的で、艶やかな肉体を見て火照ったボクの体だが、摘まんだ針を見ていると、冷や水を浴びたように、体の芯が冷えていく。


「あ、そうだ」


 カリンさんは、針を口に咥え、とてとて窓に向かって歩いていく。


 カチャリ。

 忘れずに、鍵を閉めた。


 それから、今度は部屋の扉に向かって歩いていく。


 カチャン。

 こちらも、忘れずに鍵を閉めた。


 振り返ったカリンさんは、針を再び持って、ベッドに近づいてくる。


「やっぱ、好きな人と一つになるって、すっごい素敵じゃん」

「う、……うん」


 ボクは思わず、ベッドから下りた。


「セックスはいっぱいしたいよ。気持ち良いし、繋がれる」

「……カリンさん」


 寂しげな笑顔だった。


「でも、一つにはなれないよ」

「その、一つになるって、どういう意味?」

「んー、とね。細胞の一つまで、一緒になることかな。あ、誤解しないでね。縫ったりしないから。あはは」


 ボクは笑えなかった。

 だって、カリンさんは寂しげに笑うけど、足はずっと力んで、ボクの動きに反応している。


 全体的な雰囲気から、「逃がさない」という強い意志を感じるのだ。


「もう、好きな人とお別れするのは、嫌なんだよね。片思いじゃないならさ。わたしの気持ち、分かってくれたっていいじゃない」


 クローゼット側に追い詰められ、ボクは近づいてくるカリンさんを黙って見つめた。


 怖いけど、カリンさんはずっと悲しげで、泣きそうだった。


「わたしのを、レンくんが飲むの。それで、わたしが、レンくんのを飲む」


 手を取られ、針は小指に向かって下りていく。


「まずは、わたしからね」

「カリンさん。……こういうのは、ちょっと」

「大丈夫だよ。チクッとするだけだから」


 死ぬわけじゃない。

 それは分かっている。


 けど、カリンさんがやろうとしていることは、性的なそれとはまた異なり、常軌じょうきを逸していた。


「やっと、一緒になれる人ができたんだもん。もう、一人は嫌だよ」

「カリンさん、はぁ、……はぁ、……ま、待って」


 チクッ、と針が指の平を刺す。

 小さな痛みが指から心臓に伝わった瞬間、ボクは口を開いた。


「お姉ちゃん!」


 ――次の瞬間、窓ガラスが割れ、けたたましい音が鳴り響いた。


 部屋の中には、何かが飛び込んできて、散らばった破片が床を滑る。

 それは、植木鉢だった。

 飛び散った土がボク達の足にまで掛かり、カリンさんの目つきが変わる。


「ウチの弟から離れなさいよ!」

「あは。お姉さん。いたんですね」


 二人が睨み合っていた。


 一気にピリピリとした空気に変わり、ボクはさりげなく痛む指を引く。

 だが、手首を掴まれ、小指をカリンさんに咥えられた。


 お姉ちゃんは、鷹のように尖らせた目で睨んでいて、靴を履いたまま部屋に入ってくる。


 お姉ちゃんが来たという事は、もちろん残る一人も近くまで来ていたのだろう。


 ガリガリガリ。と、部屋の扉を削るような音が響く。


 うるさい音が止むと、ゆっくりと扉が開き、廊下からはドリルを持った安城さんが入ってきた。


「おやおや。これは、派手に散らかしましたね。掃除が大変です」


 三人が顔を合わせた瞬間だった。

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