お試しという選択
帰り道、ボクたちは手を繋いでバス停の所まで戻っていく。
ベンチに座ると、二人並んでバスを待った。
「遊んだぁ!」
両腕を上げて、背伸びをする堤さん。
「楽しかったね」
「ていうか、レンくん。本当に運動音痴なんだね」
「言わないでよ」
「迷子になって泣いちゃうし」
「……うぅ」
「可愛いから、許すけど」
夕暮れになると、帰宅のサラリーマンやOLで駅はいっぱいだった。
「ね、レンくん」
帽子を脱いで、堤さんが背筋を伸ばす。
なんだろう、と見ていると、堤さんは急に照れくさそうに笑う。
「彼女、いないならさ」
手を握られ、ボクは全身が石のように固くなった。
手を繋いだ時とは違う。
何かを求めてくるような、ソフトな握り方。
「わたし、……って、脈あり?」
握る手に力が込められる。
目を合わせず、堤さんが下を向く。
「やぁ、な~んていうか。入学式の時から、可愛いなって。近くで見てると、もう、……たまらなくてさ」
赤らんだ横顔を見ていると、心臓がドキドキする。
普段と違い、堤さんはどこか弱弱しかった。
「あはは。話していく内に、忘れられなくって」
何か言わないと。
「独り占め、……したい、……かなぁ……って」
ようやく目が合うと、堤さんは口を噤む。
こんなに可愛くて、魅力的な女子からの告白。
嬉しくないわけがない。
けど、ボクは彼女を通り越して、向こう側のベンチが気になっていた。
「だめ? っスかね」
「え、え、と」
――安城さん?
――なんで、安城さんがここにいるの?
とにかく、今は返事をしないと。
丁寧に言葉を選び、ボクは返答する。
「堤さんのことは、すごく可愛いと思うし。そう言ってくれて、本当に嬉しい。……けど」
「けど?」
「まだ、お互いのこと、知らない事ばかりだから。知る所から、始めて……いいです……か?」
堤さんは目をパチクリとさせ、「ん?」と首を傾げた。
「OKなの? ダメなの?」
に、二択なのか。
こういう事に疎いボクは、ハッキリ答えるという一番苦手な場面に直面していた。
「お、っけー、です」
「おー……い。どっちだ~……っ?」
「あ、う、あ……」
まずい。
思った以上に言葉が出てこない。
「じゃあ、聞くけど。わたしのこと、……好き?」
「……はい」
「そ、そう。んー、でも、お互いを知りたい、と」
「はい」
難しい顔で仰け反った後、堤さんは答えた。
「こうしよっか。お互いを知るために、お試しで付き合うっていうのは、どう?」
お試し?
そういうのって、ありなんだ。
「う、うん。お試しで、付き合う」
「体育祭が終わるころに、もう一度返事ちょうだいよ。わたし、がんばるから」
「ボクも、がんばります」
「あはは。なんだ、そりゃ」
さりげなく、奥の方に目をやる。
さっき、安城さんらしき人が座っていたベンチには、ヨボヨボの老人が座っていた。
他の事に気をとられていると、視界が堤さんでいっぱいになる。
「……ん」
唇を唇で甘噛みされるキスだった。
「先手、打っておくから。じゃあね!」
堤さんは、走って駅の方に向かっていく。
「じゃ、じゃあね! また!」
ボクは小さくなっていく背中に手を振った。
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