一緒に遊ぶということ

 待ち合わせの駅に着くと、堤さんはすでに到着していた。


「遅いぞ~」


 キャスケット帽に、ノースリーブの白いハイネック。

 上には黒い上着を羽織っていて、下は赤いズボン。


 学校での雰囲気と違って、私服の堤さんは大人っぽかった。


「ごめん」

「うそ、うそ。今、来たとこだから」


 そう言って、堤さんはボクの手を取った。


「どこに行こっかなぁ。適当にぶらつくには……」


 考えた堤さんは、ヘラっと笑う。


「まあ、適当は適当で」


 と、言って、ボクらはお店の並ぶ通りに向かう。


 *


 繁華街の辺りは、人混みがすごかった。

 油断しているとはぐれてしまい、身長が低いボクは、迷子の子供と同じ状態になる。

 なるべく、その場を動きたくなかったが、人の流れに負けてしまう。

 見る見るうちに、前が見えないのに、道なりに進んでいく。


「堤さん! どこ!?」


 人の流れが波のようなら、喧騒は荒波の音と同じだった。

 ボクの声は周囲に掻き消され、声が届いているのか分からない。


 不安になったボクは、冷や汗が止まらなかった。


「う、うぅ、……どうしよう」


 泣きたくないけど、不安でどうしようもなく、ボクは震えながら壁際に移動する。

 途中で何度か人にぶつかったが、怖くて「すいません」しか言えなかった。


 駅から近い場所にある繁華街。

 友達のいなかったボクは来たことがない。

 ましてや、親と買い物に行くときなんて、近場の店しか利用したことがなかった。


「あれぇ!? ちょ、すいません。レンくん!」


 声が聞こえた。


「堤さん! こっち!」


 左右に行き交う人の壁。

 その間から、縫うようにして堤さんが出てきた。


「ぷはぁ! やっぱ、昼間は混雑するね! 祭りみたいで楽しいけどさ。って、あれれ?」

「はぐれて、ごめん」


 怖すぎて、上着の裾を掴んでしまった。

 ひょっとしたら、また人の波に流されるのではないか。

 考えただけで恐ろしかった。


「あぁ~、泣かないでぇ」


 ハンカチで目元を拭われ、今度こそしっかり手を繋ぐ。


「先に行き過ぎたもんね」

「……ずっ」


 鼻を啜ると、頭を撫でられる。

 本当に子どものような真似をしてしまった。

 情けなくて、恥ずかしくて、「失敗した」という気持ちでいっぱいだった。


「んじゃ、もっと静かなところ行こ」

「うん」

「泣~く~な。男の子でしょ」

「うん」

「あはは。可愛い」


 手首を掴まれ、堤さんが誘導してくれる。


 *


 ボク達が次に来たのは娯楽施設ごらくしせつだった。

 色々なスポーツが楽しめる施設で、ボウリングだけではなく、バッティングやテニスなど。様々な競技があった。


 他にはゲームセンターがあったりと、繁華街とは違う賑やかさだ。


 当然といえば、当然だけど、堤さんがバッティングをやりたいというので、ボクは迷子にならないようについて行く。


「んー、早っ」

「惜しかったね」


 140キロの球をうち返そうと躍起になる堤さん。

 ボクには球筋が全く見えない。

 脇を締めて構え、球が出てくるのを待つ。


「おりゃああああっ!」


 高い金属音が鳴り響き、球は高く跳んだ。


「ホームラン?」

「はは。ファール」


 言った傍から、球が真上から落ちてくる。


「レンくんもやってみなよ」

「できるかなぁ」

「じゃ、わたしが後ろからサポートしてあげよう」


 バットを持ち、後ろから堤さんが腕を回す。

 甘い香りがすぐ近くから漂ってきた。

 背中には柔らかい感触。


「お、きた」


 一度引いたバットが、堤さん主導のもと、勢いよく振られる。


 バンッ。


 球はマットに当たり、コロコロと転がっていく。


「ようし。次こそ」


 堤さんの顎が頭に乗っていた。

 ボクを丸めようとせんばかりに、強く抱きしめてくる。


 その時、前から白い球体が飛び出てきた。


 カンッ。


 どうやら、球に当てる事ができたようだ。

 バットから伝わってくる振動に、手の平がビリビリとした。


「す、ごい、衝撃」

「当たると気持ちいいのよ。これが」


 ボク達は、その後も他のスポーツを楽しんだ。

 テニスをやったり、スケートをやったり。

 運動は好きではないけど、誰かと一緒に遊ぶのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。


「動くのって、気持ちいいでしょ?」


 眩しい笑顔で、堤さんが言った。

 ボクも笑顔で頷いた。

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