正気じゃない
フリルの付いたワンピースは、ボクには丈が長すぎて、スカートの裾が床を擦る格好となってしまう。
「ふふん。似合ってるわ」
ベッドに座り、ボクを眺めるお姉ちゃん。
ボクは初めに部屋を訪問されて以降、こうやってお姉ちゃんのオモチャになっている。
信じられないことに、メイクまでされて、本当に女の子のような姿をさせられているのだ。
「お姉ちゃん。もう、脱ぎたい」
「ダメよ」
「でも、さ。ボク、男だよ。おかしいって」
「似合ってるからいいの」
立ち上がると、お姉ちゃんは僕の周りを回って、ジロジロと見てくる。
スマホを操作したかと思いきやレンズをボクに向けてきた。
「後ろ手を組んでちょうだい」
「……こう?」
従って、後ろ手を組む。
お姉ちゃんは生唾を呑んでいた。
連続でシャッター音が鳴り、色々な角度から僕の姿を撮っていく。
この時のお姉ちゃんは、いつもより倍は怖い。
目はギラついて、逆らったら容赦なく叩いてきそうだった。
だから、指示に従って、床に座って体育座りをさせられたり、寝そべったり、変なポーズを取っている。
床に寝ながら、室内を見渡す。
お姉ちゃんの部屋は僕と同じで広いけど、書斎のようだった。
本棚がたくさん並んでいて、部屋の半分は本で埋め尽くされている。
他にはベッドがあり、ベッドの下にはハシゴが畳まれているのが見えた。
テーブルの上には、パソコンとノートが開かれている。
コーヒーカップは呑みかけのまま、放置されていた。
「いい事考えたわ。このまま、外に出てみましょう」
「……や、やだよ。うぐっ」
肩の辺りを叩かれ、お姉ちゃんが馬乗りになってくる。
「……逆らうの?」
「だって、外には人が――」
「もう夜だし。誰もいないでしょ。ほら、立って」
起こされ、手を引かれる。
無理やり、部屋の外に連れ出されたボクは、廊下の途中でシズカおばさんと遭遇することを恐れた。
シズカおばさんだけではない。
安城さんからは、お姉ちゃんに気を付けろと釘を刺されていた。
それを破って、今ボクは女装して、外に連れ出されようとしている。
「声を出さないでね」
赤い絨毯の敷かれた品のある廊下。
ホコリがないのは、全部安城さんのおかげだ。
息を殺して廊下を歩き、お姉ちゃんが吹き抜けから下を見る。
誰もいない事を確認すると、先に下りて、もう一度確認。
そもそも、ハシゴを使えば簡単に外へ出られるはずだ。
そうしないのは、きっとスリルを味わうため。
見つかったって、女装しているのはボクなんだし、お姉ちゃんにはダメージがない。
「きて」
手招きをされて、ボクはスカートの裾を持ち上げ、ゆっくり下りていく。
「あぁ……」
お姉ちゃんがボクを見上げ、何とも言えない表情を浮かべていた。
熱の込められた視線が刺さって、とても居心地が悪い。
捲ったことで露わになった脚に、視線が集中している気がした。
一階に下りて、お姉ちゃんの傍に行く。
「……ふー……っ」
「お姉ちゃん?」
強く手を握りしめ、奥歯を噛んでいた。
怒られるのだろうか。
身構えたが、お姉ちゃんはそっぽを向いて、靴を用意してくれる。
だが、靴を見た途端、あからさまに落胆しているのが分かった。
「そっか。靴、買わないとね」
前に並べられた靴を履き、お姉ちゃんが先に玄関を出る。
カチャン。
後ろから扉の開く音が聞こえた。
振り返って、音のした方を見やる。
――安城さんだ。
向こうもこっちに気づいたようで、ボクを見つけた目が、見る見るうちに開かれていく。
「何してるの。早く」
「あ、うん」
もう一度振り返ると、突き当りの部屋に安城さんの姿はなかった。
*
夜の庭先は、薄暗かった。
家と道路にポツポツ立っている外灯のおかげで、周囲の
ボクは車の走っていない道路の真ん中をお姉ちゃんと歩いていた。
ボクが逃げないようになのか。
はたまた、別の企みがあるのか。
手を握りしめ、お姉ちゃんは笑顔で歩く。
「ね。誰もいないでしょう」
「うん」
「……ふふ」
何だか、今日はいつもより機嫌がいい。
「あたしね。ずっと、弟がほしかったの」
「妹じゃなくて?」
「弟よ。ウチは女系家族だから、これ以上女は必要ないわ」
「へえ」
「なぜか知らないけど、ずっと女ばかりが生まれて、結婚しても女ばかりが生まれて、の繰り返し。ついでに、家の中も女だけ」
「おじさんは?」
「パパだけよ。でも、普段は家を空けているでしょう。男手が足りない時は、女が総出で解決したり、大変なんだから」
今の時代なら、男手を使わずに解決することは、褒められそうなものだ。が、お姉ちゃんは、そう思っていないようだった。
家から大分離れ、曲がりくねった道路の真ん中へやってきた。
近くには電柱が一本立っていて、アスファルトを虫が這う所がよく見える。
「ねえ、レン」
にこ、と笑ったお姉ちゃんを見て、猛烈に嫌な予感がした。
「ここで、……おしっこをして」
「ここ、って」
周囲を見渡すが、確かに人気はない。
車が通る頻度だって、極端に少ない土地だというのは、すでに知っている。
「はやく」
「い、……いやだ」
すると、ムッとして詰め寄ってくる。
「なによ。犬みたいに、電柱にしなさいって言ってるだけでしょう」
「だって、誰かに見られたら……」
「大丈夫よ。ほら」
ぐいぐいと押され、スカートを捲り上げられる。
下着はお姉ちゃんが買ったであろう、女物の下着。
こんなの正気じゃない。
おかしいのは、ボクだって自覚している。
なのに、力や立場でお姉ちゃんに敵わなくて、急かされると嫌なのに従わざるを得ない。
「む、向こう、見てて」
「断るわ。それじゃ、意味がないもの」
「えぇ……」
「スカート持っててあげるから」
お姉ちゃんが後ろから抱き着く格好で、スカートを支えてくる。
ボクは覚悟を決めて、パンツをずり下ろした。
「あはは。子供みたい」
僕の股間を見て、お姉ちゃんが笑った。
「じゃあ、出すけど」
「じれったいわね。こっちも持っててあげるわ」
「え、ちょっと、汚いよ!」
「平気よ」
あろうことか、股間までお姉ちゃんに持たれてしまった。
恥ずかしい。
変な感覚。
色々思う事があったけど、するまで終わらせてくれない。
仕方なく、下っ腹に力を入れる。
「ん……」
電柱におしっこを引っかけると、何が楽しいのか、お姉ちゃんは悦んでいた。
「レンは変態ね。女の子の格好して、オシッコまでして」
「こ、これは、お姉ちゃんが……」
「やったのはレンでしょう。あたしなら、恥ずかしくて表に出られないもの」
気のせいか、家のある方からは誰かの視線を感じた。
こんな恥ずかしい事をしているから、過敏になっているんだろう。
用を足し終えると、お姉ちゃんが耳元で囁く。
「レン。もしかして、……興奮してる?」
「してないよ」
「本当かしら」
「恥ずかしくて、早く家に入りたい」
「あ、そ」
股間から手を離すと、満足げにお姉ちゃんは家の方に歩いていく。
僕はパンツを上げて、急いでお姉ちゃんの後を追いかけた。
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