迎えの車で、おばさんと

 ボクは藤野家へ引き取られることになった。

 同じ苗字だけど、違う家。


 後から分かったが、ケイさんは本家の人間だった。


 元々住んでいた家は引き払い、遺産相続をおじさん達に任せた。


 土地を持っていたから、それなりの財産はあったようだ。

 これが全てボクの物になれば、お金は入ってくるのだろうけど。

 生憎、ボクには社会のシステムとか、遺産の使い道とか、どうしていいか分からず、頼る他なかった。


 荷物だけ先に送り、今日はおばさんが迎えに来るという事で、家の前で待っていた。

 近所の人がお別れを言いに来たけど、会釈する事しかできない。


 長年住んでいた家は、空っぽ。

 使える家具はそのままにしていて、他は全て捨てられた。


「……さよなら」


 家を見上げて、呟く。

 それから少しして、一台の車がやってきた。


 黒いセダンの車が家の前に停まると、後部座席の窓が開く。


「乗りなさい」

「は、はい」


 何度か頭を下げ、後部座席のドアを開く。


「お願いします」


 車に乗って、ドアを閉める。

 静かに閉まる音が、まるで別れの音に聞こえた。


「寄りたいところはある?」

「いえ。特に、ないです」

「そう。安城あんじょう。出して」


 運転席には、見覚えのない女性がいた。

 安城さんというらしい。


 綺麗なお姉さんで、シャツにジーンズというラフな格好をしていた。

 隣に座っているおばさんの口ぶりから察するに、お手伝いさんだろう。


 どういう人かといえば、セミロングの髪を片側で結んでいる、物静かな人だった。


「娘と、どういう関係なの?」

「関係、ですか」


 おばさんに聞かれて、ボクは返答に困った。


「あの子がねだってくるのは珍しいわ。わたくしに似て、気が強いもの」


 言われてみると、確かにそうだった。

 おばさんの上から物を言う口ぶりや態度は、ケイさんとそっくり。

 似てはいるけれど、おばさんの方は妙な色気がある。


 改めて、おばさんの姿を観察した。


 後ろで長い髪を紫色の髪留めで、上品に留めていて、全体的に高圧的な態度ながら、大人の色香が漂う人だ。


 ぽってりとした唇。

 下唇のところには、ホクロがあった。


 ケイさんのように、肉感的な体型をしていて、年齢を感じさせない。


 美魔女、というのだろうか。

 おばさんを見ていると、そんな言葉が浮かんだ。


「……なにかしら?」

「あ、いえ」

「聞かれたら、質問に答えて頂戴。ウチの娘と、どういう関係なの?」

「な、何の、関係も、ないです。葬儀の時に、会ったばかりで」

「……本当に?」

「はい」


 親子揃って、かなり苦手だ。

 窮屈きゅうくつだし、息が詰まりそうだった。


 おばさんは腕を組み、黙考している。

 ボクはいたたまれない気持ちになり、窓の外に目を移した。


 ボクの知っている風景は、すでになかった。

 視界を流れていく彩色は、ほとんどが緑と土色。

 山の道を走っているのだろう。


 山といっても、斜面になった道からは、海沿いにある民家がポツポツと見えているので、山の奥深くではない。


 民家が疎らに建っている、田舎の村って感じだった。


 山と海に挟まれた自然に富んだ土地。

 都会のように、遊べる場所はないけど、一人でゆっくり過ごす分には打ってつけだろう。


「もし……」


 おばさんが口を開き、振り返る。


「もし、ウチの娘が何か粗相をしたら。すぐ、わたくしへ報告するように」

「はい」


 突っ込んではいけないのだろうけど。

 ギスギスした親子関係が、その一言から窺えた。

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