藤野家への片道切符

 ボク、藤野ふじのレンは天涯孤独てんがいこどくの身になった。


 父親はずっと前に自殺をして、母は今年の夏に病気で亡くなった。

 学生服を着て、冠婚葬祭かんこんそうさいのスタッフさんから丁寧に葬儀の進行を教えてもらい、喪主もしゅとして手紙を読んだ。


 葬儀の準備と片づけは、親戚の方々が集まってくれて、難なく終えることができた。


 全部が終わってからが、問題。

 ボクをどうするのか、親戚の人達で話し合っていた。


 聞きたくはないけど、居間でイラ立つ親戚たちの声が耳に届いてくる。


「どうすんだよ」

「ウチは無理だぞ。三人で手一杯だって」

「施設しかないだろう」

「手続きはどうすんだ?」


 ボクは、死にたかった。

 どうせなら、母さんと一緒に心臓が止まって欲しかった。

 こういう時、「馬鹿なことを言うな」という声が聞こえてきそうだ。


 でも、胸にぽっかりと穴が空いて、気力が湧かないのだ。


 玄関から庭に出て、壁際に設置したシンクの縁に座る。

 炎天下で熱せられたステンレスの熱が、ズボン越しに伝わってくる。


「もう、涙出ないや」


 つま先で地面を擦り、早く話が終わらないかな、と考えていた。

 粒のような石ころを踏み、遊んでいると影が差した。


 日光を遮り、誰かがボクの前に立つ。


 顔を上げると、親戚の女の子がボクの前に立っていた。


 名前は思い出せない。

 何せ、田舎の親戚なんて30人以上はいる。

 家が、本家と分家に分かれている上に、近所の人達まで来ているから、なおさら誰が誰だかわからない。


 ボクは近所の人とすら話をするタイプじゃない。

 ずっと、一人で遊んできたから、顔しか分からないのだ。


 一つ分かるのは、前に立っている女の子は、近所の人ではない。

 たぶん、親戚だろう。


 長い髪は全体的にややパーマが掛かっていて、ふわふわとしていた。

 長めの前髪もふわっとしていて、両方に分けており、後ろは高い位置で結び、ポニーテールにしていた。


 身長はボクより高く、顔つきは自信に満ちているって感じだ。

 大人びた雰囲気の人で、身長も相まって、胸やお尻は大きく、制服を着ていなければ大人と間違うところだ。


 その名前も知らない女の子は、ジッとボクを見下ろしていた。

 目つきはキツいわけではないけど、冷たさを帯びていて、少し怖い。

 視線には、明らかに見下すような意思を感じてしまう。


「……ねえ」


 声は刺すような色をしていた。


「あなた、名前は?」

「え、と」

「名前。ないの?」


 まるで、責められているかのような言い方だった。


「あたし、藤野ふじのケイ」

「ボクは、藤野、……レンです」

「そ。あなた、知ってる?」


 何の事か分からず、首を傾ける。


「みんな、あなたの事がいらないんだって」


 どう反応していいのか分からず、何度か頷いて、ケイさんから目を離す。


「邪魔な子は、施設行きでしょ。施設に行ったら、どういう扱い受けるのかしら。表では大事に育てている、といった所もあるらしいけど。……本当に、そういう場所だけなのかな、って」


 ケイさんは腕を組み、顎を持ち上げる。


「ボクには、どうすることもできないですし」

「行く場所が良い施設だといいけどね」


 ケイさんが何を言いたいのか、ボクには分からなかった。

 嫌味を言いたいだけなのだろうか。

 でも、言われる理由はないはずだし、今日会ったばかりの人に恨みを買う真似はしていない。


「誰かの養子になりたい、とか。希望はあるの?」

「……ない、ですけど」

「そう」


 ケイさんは「ふ~ん」と、何やら考え事をしていた。

 しばらくの間、ボクの前で黙考していたが、やがてこう切り出してきた。


「もらってあげよっか?」

「もらう?」

「どうせ、あなたなんて誰も必要としてないでしょ。邪魔だもの。あなたの家って、分家で大してお金持ってないでしょ。厄介者は死んでほしい、って思うのがみんなの本音よ」


 ズケズケと物を言う性格は、苦手だった。

 いくら、そう思っていても、直接言われると傷つく。


 ボクの感情が表に出ていたのだろう。

 自分でも、「やだなぁ」という気持ちが湧き上がっていたし、頬に力が入ってきた。


 けれど、ケイさんは口端を吊り上げ、また自信に満ちた表情を浮かべた。


「もらってあげてもいい、って言ってるの。お願いする時は、頼み方があるでしょう」

「や、ボクは……」


 断ろうとした。

 というか、恰好からして学生なのだから、学生の身分でできることなんて、たかだか知れている。


 だから、ケイさんの言う事が、どこまで本当なのか定かでない。


 ボクが言葉に迷っていると、突然体を前に引き寄せられた。

 胸倉を引っ張られたのだ。


「わ、あ!」


 体勢を崩し、大きな胸に顔を埋める格好となった。


「今、……声を上げたら、あなたどういう目で見られるのかしら?」

「す、すいません。すぐに離れま――」

「分からない子ね。、って言ってるの!」


 キッと睨みつけられ、胸の中でボクは言われるがまま、頷いてしまう。

 苦手なのだ。

 こういうタイプがすごく苦手で、断れない性格のボクは、今まで心にもない事を受け入れてきた。


「でも、ケイさんが、決められることじゃ……」

「あたしがパパに頼めばいい話でしょう」

「できるんですか?」

「もちろんよ」


 この時、ボクのいつもの悪癖が出てしまった。


「じゃあ、……お願いします」


 本当は、そんな事を思っていなかった。


「いいわよ」


 返答を聞くなり、ケイさんは笑顔で離れ、家の中に戻っていく。

 こうして、ボクの奴隷契約は完了した。


 逃げ場のない牢獄への片道切符を自分の悪癖のせいで、得てしまったのだった。

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