第一の試練・ドキドキバスタイム


 とても広い夫婦の部屋に二人きりになった私とラゼルディア騎士団長。

 存在感たっぷりの大きなベッドのせいで、気まずい空気が部屋いっぱいに広がる。


 ど、どうしたらいいのかしら。

 状況に戸惑っている私に、ラゼルディア騎士団長が一度深く息を吐いてから言葉をかける。

「と、とりあえず、私は後ろを向いているので、服を脱いで風呂にでも──ぁ……」

「お風呂も一緒……ですよね?」

 

 私たちは繋がれている。

 と言うことは、お風呂は必然的に一緒に入ることになる。

 そんな重大なことに気づいた私たちは、二人揃って顔を赤くして俯く。


 嫁入り前のラゼルディア騎士団長と……お風呂……!!

 落ち着くのよフェリシア。やましいことなど何もないわ。


「え……えっと、私、気にしませんから!! い、いきましょう!!」

 せめて私がしっかりして、ラゼルディア騎士団長をリードしなきゃ!!

 私があんな呪われた落とし物を拾ったせいでこうなったんだもの。

 うん、女は度胸よ!!


「は!? ちょ、ちょっと待ってください!! 私が……その、大丈夫じゃないので……」

 顔を真っ赤にしたまま視線を伏せ、長い指で美しい銀の前髪をかき上げる色っぽいラゼルディア騎士団長を見てしまったら、私だって大丈夫ではない。

 今のその顔にその美声は……反則だわ。


「と、とりあえず、先にお入りください。私は目隠しをして後ろを向いています。濡れても構いませんので、もうジャバジャバやってしまってください!!」

 いや流石にそこまでは……。

 普段クールで有名なラゼルディア騎士団長なのに、よっぽどこの状況に困惑していらっしゃるのね。言ってることがなんだかおかしいわ。

 うーん……このまま言い合っていても本人が納得しそうにないし、それでいこうかしら。


「わかりました。じゃ、いきましょう。場所はどこでしょうか?」

「……あ、あぁ……はい。……そこの扉がバスルームに続いています」

 鎖が繋がった首輪を装着した男性を連れてお風呂に向かうこの状況。

 な、なんだかイケナイ事をしている気分だわ……。


 室内にあるもう一つの扉を開けるとそこは広めのサニタリールームになっていて、その奥の扉の向こうがバスルームのようだった。


「で、では、私は後ろを向いていますから、脱げましたら私を引っ張ってください」

 そう言って固い動きでくるりと向きを変え、ラゼルディア騎士団長は私に背を向けた。

「は、はい……」


 私は大型犬を飼っているだけ。

 私は大型犬を飼っているだけ。

 そう、ちょっと、いやかなり美形で美声の大型犬を飼っているだけだ。

 そう自分に言い聞かせながら、私は着ているドレスに手をかけた──けれど……。


 このドレス……後ろで縛ってあるから一人じゃ脱げない──!!


 一体どうしたら……。

 あーもう!! 考えてても仕方がない!!

「あ、あの……」

 私は意を決してラゼルディア騎士団長の背中に声を飛ばした。

「はい?」

「脱がせていただけませんか?」

「はい!?」

 突然の私の申し出に、ラゼルディア騎士団長の低く色気のある美声が裏返る。


「り、リボン!! う、後ろで縛ってあるので、ほどくだけ!! その……自分ではできないので……」

 は、恥ずかしい……!!

 でも仕方ないじゃない!! 脱げないんだもの!!


「あ、あぁ……そう、ですね。………………わかりました。では……失礼します」

 

 一言断ってから、私の背中へと手を伸ばすラゼルディア騎士団長。

 ごくりと喉が鳴って、彼の長い指が私の背中に触れた。

 ほのかに熱を帯びた指が、丁寧にシュルシュルと紐を解いていく。それは一瞬のはずなのに、永遠とも感じられるほどに長く感じられた。

 あぁ……私、初恋の人になんてことさせてるの……!!


「で、できました……」

「お手数おかけしました……」

 私が振り返ってお礼を言うと、すでに後ろを向いてくれているラゼルディア騎士団長。

 本当に、紳士で誠実なお方だ。

 私は手早く残りの服を脱ぐと、体にタオルを巻きつける。


「あ、あの、ラゼルディア騎士団長?」

「な……なんでしょう?」

「たびたびすみません。一つ、思い至ったことあありまして……」

「思い至ったこと?」

 ラゼルディア騎士団長はこちらに背を向けたまま首を傾げる。


「服も通り抜けると言うことは、もしかしたら扉も通り抜けるのでは?」


 わざわざ服を通り抜けるようにしていると言うことは、長期戦を想定した魔法の可能性は高い。

 こんな状況になることも想定内だったとしたら……。


「!! あり得るかもしれません。試しに、風呂場に入って扉を閉めていただけますか? 私は扉のギリギリのところで待機していますので」

「は、はい」


 私は返事をしてすぐにお風呂場に入り、ラゼルディア騎士団長をサニタリールームに残したまま扉を閉めた。すると──。


「!! ラゼルディア騎士団長!! 扉を通り抜けてます!!」

 なんと鎖は、私とラゼルディア騎士団長を繋げたまま、扉を通り抜けてしまった。

 魔法の鎖、すごい……。

「本当ですか!? なら、このままゆっくり風呂にお浸かりください。私はここで待機していますので……」

「はい。ありがとうございます」

 

 ふぅ、とりあえずラゼルディア騎士団長をずぶ濡れにしてしまうことだけは避けることができてよかった。

 便利な魔法かけててくれていて助かったわ。


 それにしても、お風呂場の扉一枚隔てたところに憧れの、しかも初恋の人がいるなんて……。

 そう考えると急に身体中の熱が上昇し始める。

 気にしちゃダメよフェリシア!!

 気にしたら最後よ!!

 私は無心で身体を清め、用意されていたネグリジェに着替えると、騎士団長とお風呂を交代した。


 扉の外で待つ方も待つ方で始終ドキドキしながらも、私達は無事(?)鎖で繋がれたままのお風呂タイムを終えるのだった。

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