第二の試練・ドキドキ同衾タイム
そして──。
「あの……ベッドから落ちた経験はないので、寝相はいい方だと思いますが、もし万が一にも私がくっついてしまっていたら、思い切り蹴り飛ばすなり、ひっかくなり、好きにしてください」
「いえ!! 私の方こそ、蹴飛ばすなりロープで縛るなり──!!」
「いや、それは流石に……」
広いベッドの上で正座をしながら互いに向かい合って顔を赤らめる。
それがなんだかおかしくて、私達はどちらからともなく笑った。
とっても恥ずかしいのに、とっても心地いい空間だと感じるのは、相手がラゼルディア騎士団長だからだろうか?
「ですが、本当に良いのですか? その……私と同衾、など……」
綺麗な顔が不安げに歪められる。
あなたとの同衾を嫌がる女性はいないと思います、ラゼルディア騎士団長。──とは言えないので、私は「平気ですよ」とにっこり笑って返す。
「それに、私がベッドの下で寝るのはダメなのでしょう?」
「絶対許可できません」
「……」
最初は私だって、さすがに未婚の男女、しかも婚約者でもない男性と同衾だなんてダメだろうと考えて、ベッド下の鎖が届くギリギリのところに私が挟まって寝るという提案をしたのだけれど、秒で却下されてしまった。
「その案でいくならば、先ほどから言っているように私の方が下になります」
「それは私が許可できません」
「……」
ラゼルディア騎士団長をベッドの下で寝かせて私はベッドの上でぐっすりだなんて、絶対にダメだわ。
こんなふうにしばらく押し問答が続いた結果、同じベッドで背を向けながら眠ろうという考えに至ったのだけれど……ラゼルディア騎士団長の中ではまだ問題があるようね。
さすが堅物と名高い騎士団長だわ。
そんなところも好感が持てるのだけれど……。
「……わかりました。私も腹を括ります」
いや、同衾で腹を括るって……。美しいお顔で大真面目に言ってのけるラゼルディア騎士団長を見て、思わず私に笑みが溢れる。
「ふふ。浮気されて婚約解消されたその日に、あのラゼルディア騎士団長とこんなことになるなんて……。今日はなんておかしな日なのかしら。あんなにも心が痛かったのに……何だか今はとっても温かい……」
10年だ。
8歳の時にラッセルと婚約して10年。
私はこのままラッセルと結婚し、少しずつ家族として関係を築いていくものだと思っていた。だから正直、結婚も近づいたこの時期にあんなショッキングな場面を見て、しかも相手が友人だと思っていた女の子で……、悔しくないわけではなかった。
心が痛くないわけでも、平気なわけでもなかった。
それでも気丈に振る舞い続けることが、私のプライドを守るためでもあり、意地でもあったのだけれど……結果はあのザマ。耐えられなくて逃げ出してしまった。
しばらく社交界では私は【寝取ら令嬢】【真実の愛を邪魔していた悪役令嬢】と皆の話のネタにされるんだろう。
そう思うと苦しくて、痛くてたまらなかったのに──。
この人といると、不思議とそれが癒えていく。
不思議な人ね、ラゼルディア騎士団長って。
「……ロイと」
「え?」
「ロイと、お呼びください。あ……えっと、舌、噛みそうな家名なので……。これから毎日一緒にいるならば、こちらの方が勝手がいいかと……」
ふいっと口元を腕で隠して顔を背けるラゼルディア騎士団長の耳は、真っ赤に染まっていて、私はまた心が温かくなって、頬を緩めた。
クールで寡黙。話しかけてもそっけない態度。
そこがまた素敵なのだと婦女子に人気の騎士団長だけれど、時々感情が顔に出てくる彼も、とても可愛らしくて魅力的だと思う。
彼のこんな表情を見ることができるなんて、これは神様からの贈り物なのだ、そう思うことにしよう。
「私も、フェリシアと。その……長いですから、家名。……あらためて、不束者ですが、よろしくお願いします。──ロイ様」
「っ……はい。フェリシア。こちらこそ」
長いから、なんて言い訳をしながらも、低く穏やかな美声で躊躇いなく呼ばれた名前。
「そろそろ……寝ます、か」
「はい。おやすみなさい、ロイ様」
「……おやすみなさい。フェリシア」
私たちは緊張でぎこちない笑みを浮かべて挨拶を交わし、布団に入ると、お互い背中を向け、意識が遠退くまでじっと目を瞑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます