氷の騎士団長は天然です



「さーてこうしちゃいられない!! 君のご両親に状況を説明して、君を預かる許可を得なくてはね!!」


 テト様はとっても楽しそうにそう言うと、今度は指先で宙に横長の枠を描くと「グラスバート伯爵家!!」とうちの家名を口にした。

 すると先ほどまで何もなかった宙には、描いていたであろう横長の光の枠が浮かび上がり、しばらくしてから映像が映し出された。


「お待たせしました、グラスバート伯爵家当主のハンスです」

「お父様!?」

 映像の中に現れたのは紛れもなく私の父、ハンス・グラスバートその人だった。

「フェリシア!? な、なぜテト様の魔法通信に!? お前は卒業パーティのはずでは……。いやそもそもその格好は……!?」

 向こうからも私の姿が見えているようで、驚きの声をあげるお父様。

 それもそうよね、本来なら卒業パーティに出席しているはずの娘が、稀代の宮廷魔術師の汚部屋にいるんだから。

 しかもあの『氷の騎士団長』であるラゼルディア騎士団長に抱き抱えられて……。


 いつまで抱えられているのかしら、私。

 そろそろ心臓爆発しそうなんだけれども。


「突然ごめんね、グラスバート伯爵。ちょっと僕の弟子の魔道具のせいで、おたくのフェリシア嬢と、うちのロイが鎖でつながれちゃったんだ。こっちで魔法の解除法を探している間、ロイの家──ラゼルディア公爵家で彼女を預からせてくれるかな?」


あまりに軽くかいつまんで説明をしたテト様に、お父様はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

そんなお父様の様子を見て、ラゼルディア騎士団長が一歩前へ出てから「伯爵」と声をかける。


「ロイ・ラゼルディアです。先ほどテトが説明しましたように、私たちは魔道具により鎖で繋がれております。テトのように魔力の高い者と、私たち当事者にしかこれは見えていませんので、にわかに信じ難いかと思いますが……。どうか、魔法の解除法がわかるまで、私の屋敷で大切なお嬢様をお預かりさせていただけませんでしょうか? 絶対に無体を働くようなことはしないと誓います。ご不安でしょうが、どうか、お嬢様を私に──」


 テト様と違って丁寧な説明に、お父様も「なるほど、そういう……」と状況を理解してくれた様子。

 でもラゼルディア騎士団長!?

 それ……婚約の許しを親に乞う時みたいな言い方で紛らわしいんですけど!?

 なんなのこのお方、天然なの!?


 しばらく考えた後に、お父様は私を見つめてにっこりと微笑んだ。

「わかりました。フェリシアを……よろしくおねがします、ラゼルディア騎士団長。あなたになら、うちの大切な娘を任せられます」

「!! ありがとうございます……!! 必ず、大切にします!!」」

 いや、だからそれ、紛らわしいから!!


「フェリシア、アンナには私から言っておこう。彼女は今、庭で人形相手に殴る蹴るの暴行を働いてストレス発散させているところだからね」

 うわぁ……相当怒ってらっしゃるのね、お母様。

 私のために怒っていると思うとなんとも言えないけれど……。


「ありがとうございます、お父様。お母様に、心配しないでとお伝えくださいね」

「あぁ、わかったよ。それじゃぁ、ラゼルディア騎士団長、テト様、娘のこと、よろしくお願いします」

 そう言ってお父様は、お二人に向けて深く頭を下げた。

「はーい、まかせて。また状況については報告させてもらうねー」

 ゆるいテト様の言葉を最後に、魔法通信は切れ、お父様の姿も消えてしまった。


「さて、ウィス」

「は、はい!!」

「首輪の取り扱いについて、説明してあげて」

 そうだ、それが聞きたい。


「はい!! この鎖ですが、もう試されたかと思うのですが、人間の手、いや、人間以外のものでも切ることはできません。今のところ方法は口づけのみです」


 そうなのよねぇ……。

 もうこれ私が許可をして口づけしてしまったほうが早いんじゃ……。

 いやでもそれじゃ私が役得なだけで、ラゼルディア騎士団長に精神的ダメージを与えることにしかならないわ。うん、却下ね。


「そしてこの鎖、特徴がありまして、衣類を通り抜けちゃうんです」

「衣類を? それって、着替えはドレスを破らなくても可能、ということなのでしょうか?」

 私がそれに気づいて言葉にすると、ウィスベリル様は「ご名答です!!」と嬉しそうに笑った。


「お気づきの通り、いつも通りに着替えていただくことができるんです!!」

 ベシンッ!! ──「調子に乗らない」

 えっへん、と胸を張って発表するウィスベリル様の頭にテト様が薄い冊子をクリティカルヒットさせる。

 なんだか面白いコンビね、このお二人。


「いてて……。せ、説明はこのくらい、でしょうか。なにぶんにも試作段階のものなので、僕にも色々わかっていなくて……」

 しゅんとして、ごめんなさい、と小さくなってしまった目の前の少年に、私はこれ以上何も言えなくなった。

 なってしまったものは仕方がないものね。

 これからどうするか、それだけを考えなきゃ!!


「大丈夫ですよ、ウィスベリル様。どうにもならないものを嘆いていてもしかったりません。ラゼルディア騎士団長にはこれからしばらくご不便おかけしますが、テト様もウィスベリル様も、最善を尽くしてくださるのでしょう? 私、信じて待っておりますわ」


 ウィスベリル様ににっこりと微笑むと、彼は目を潤ませて「天使だ……!!」とつぶやいた。ちょっと前まで元婚約者のこと「潰しとけばよかった」とか言っていた人間だけどね。


「僕、全力で頑張ります!!」

「はい。よろしくお願いしますね」

 意気込むウィスベリル様、可愛らしいわ。

 弟がいたらこんな感じなのかしら?

 うちには兄しかいないから、なんだか新鮮だわ。


 兄といえば……お兄様にはもう伝わっちゃたかしら?

 私の婚約解消の話。

 兄のファルマンはとっても優秀で、今、この城で文官として働いている。最近はお仕事が忙しいらしくて、もう2ヶ月家には帰っていない。

 そんなお兄様は妹である私のことを溺愛していて、家に帰れずとも父や母ではなく私にだけはよく手紙で近況を知らせてくれたりしているのだけれど……。

 今日の一件を聞いたら、本当に潰しに行きかねないわね。

 見た目はお父様そっくりの穏やかな雰囲気だけれど、中身はバリバリお母様だから……。


 お父様たち、うまく話しておいてくれるといいけれど……。


「──……ア嬢? ──フェリシア嬢?」

「!! はい!!」

 いけない、つい思考の海にどっぷり浸かってしまったわ。

「今回のこと、本当にごめんね。僕かウィスが毎日一回は様子を見に伺うから、不便だと思うけど、鎖生活、よろしくね」


 鎖生活……。

 ラゼルディア騎士団長と繋がったまま、なのよね。

 私の、初恋の人と……。

 ……邪な思いを抱かないように気をつけないと!!

 なんとしても私からラゼルディア騎士団長を守り抜くわよ!!


 私はラゼルディア騎士団長を見上げてから気合を入れると、テト様に向かって力強く頷いた。


「はい!! こちらこそよろしくお願いします!!」

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