初恋の騎士団長と鎖で繋がりました
一分一秒でも早くここからいなくなってしまいたい。
そんな気持ちだけで、私はひたすら足を動かし出口を目指す。その途中でも私に気づいた何人かはチラチラとこちらを見ながら話をしていたようだけれど、もう何も聞きたくない。
婚約破棄でなく解消ならばダメージはないとか嘘じゃない。ダメージだらけよ。
この流行りのせいで、【真実の愛】とやらを成就させたラッセルの方が英雄視されるだなんて……。
今まで友人だと思っていた人と、結婚間近だった幼い頃からの婚約者の裏切り行為も、学友たちの好奇の目も、思ったより深く私の心に突き刺さっていたようで、さっきからずっと胸が痛い。
ラッセルのことは好きとかそんなじゃなかった。でも腹はくくっていたし、結婚してから関係は築かれるのだとも思っていたし、実際そんなに悪い関係ではなかった。
それが直前になってこの結果だなんて……。
瞳に込み上げてくる熱いものを堪えながら会場を抜けて中央階段を降りると、隅っこの方で何かが光ったような気がした。
「? ──これ、何かしら?」
私は足を止め、それを手に取ってじっくりと見る。
黒革のワンポイントにピンク色の宝石がついた──首輪?
何でこんなところに首輪?
誰かのペットのものかしら?
いや、でもさすがにお城にペットを持ち込むような人はいないか……。
まぁいいわ。とりあえず警備の騎士にでもこれを渡して、さっさと帰りましょ。
そう思った私は、ちょうどすぐ側を通りかかった騎士を適当に呼び止めた。
「すみません、落とし物を拾ったのですが──」
「? あぁ──……っ」
振り返った騎士の姿を見た私は、一瞬時が止まったかのように動けなくなった。
この人──!!
サラサラの銀髪に、濃いサファイア色の瞳の美しい男性。
──ロイ・ラゼルディア騎士団長……!!
知らないわけがない。
この人は私の──初恋の人だから。
11歳の時にラッセルと街で待ち合わせをしたことがあった。けれど彼はいつまで経っても現れず、私は一人待ちぼうけを食らったのだ。
結局ラッセルが約束を忘れていたと言うことだったのだけれど、待っている間、とても不安だった。
その時に一人
一人取り残されて不安だった私には、難しい顔をしながらも優しく接し送り届けてくれたラゼルディア騎士団長が、まさに神様に見えたものだった。
現在23歳独身の彼は、公爵家の生まれながらも騎士の道を志し、若くして騎士団長にまで昇り詰めるほどの実力の持ち主だ。
クールで自分に厳しいストイックな性格と整った容姿から『氷の淑女の再来』と言われ、『氷の騎士団長』という二つ名を持つラゼルディア騎士団長。
その美しい容姿から女性には大層おモテになるが、一度も浮いた話がなく、一部噂では男が好きなのではと囁かれている。
こんなに至近距離で、またお目にかかれる日が来るなんて……。
少しだけ落ち着き始めたところであらためて彼を見上げれば、あちらも目を丸くして私をじっと見ていた。
わ、私、何かおかしかったかしら?
憧れでもある初恋の人に見つめられて、思わずオロオロと視線を漂わせてしまう。
これじゃ私、ただの不審者だわ……!!
「あ、あの落とし物……で……」
おずおずと先ほど拾った首輪をラゼルディア騎士団長へと差し出す。
すると硬直していた表情がピクリと反応を示した。
「あ、あぁ、すみません。ありがとうございます、グラスバート伯爵令嬢」
甘い美声がぁっ……!!
ラゼルディア騎士団長の魅力は顔と性格だけじゃない。
声だ。
低く落ち着いていてどこか色気のある美声……!!
聞いているだけで耳が幸せに包まれる……!!
あれ? でも私の名前──知って──?
差し出した首輪を彼が触れた、その瞬間──!!
バチンッ──!!
「っ!?」
「きゃっ!?」
大きな音とともに閃光が走り、固く目を瞑った私を、ラゼルディア騎士団長が庇うように抱き寄せる。
そして光が収まりゆっくり目を開けると──。
「っ……、大丈夫、ですか?」
「は、はい。……!?」
憧れのラゼルディア騎士団長に抱き寄せられていたという美味しい展開ながら、彼を見上げた私はあるものに釘付けになり、さっきまでのお花畑な感情は一瞬にして頭の中から飛んで行ってしまった。
な、何で?
彼の首元と、自分の右手首を交互に見やる。
「? 私の顔に何か?」
「あ、あの……首……」
「首?」
疑問系で返しながら彼はゆっくりと自分の首元に手をやった。
「!? な、なんだこれは……!?」
なんと私が拾った黒い首輪は、騎士団長のすらりとした首にピッタリとはまっているではないか……!!
しかも首輪中心についたピンクの宝石の下から垂れ下がった細い鎖は、私の右手首へと続き、こちらにも首輪と同様の黒革にピンクの宝石がついたベルトがしっかりとはめられていた。
まさか私──ラゼルディア騎士団長と繋がっちゃってるーーーー!?
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