新しい娯楽の中心


 婚約解消の手続きを終えた私は、そのまま卒業パーティに出席するため城へと向かった。とてもそんな気分ではなかったけど、仕方ないじゃない。私、卒業生代表なんだから。


 私たちの年代には伯爵位以上の人間がいない。そのため、伯爵家でありながらも成績が優秀だと言うことで、私が卒業生代表を務めることになった。

 卒業後は結婚予定だったけど、明日から結婚準備をするでもなく、学院に通うでもなく、職につくわけでもなく、ただ家でのんびりと趣味の刺繍をして過ごすだけになってしまった私が卒業生代表なんてしてもいいんだろうか。

 しかも国王陛下にまで祝辞をいただくような場で……。


 そう思いながらも、私はふぅ、と一度息をつき、ものすごい数の視線の中、堂々と卒業の挨拶を終えた。



 ──煌びやかなダンスホールを中心に、音楽隊による優雅な音楽が奏でられ、隅の方では軽食が揃えられている。普段まだこんなに豪華なパーティに参加することのなかった卒業生たちは、皆思い思いの場所で、婚約者や友人達とこのパーティを楽しんでいるようだ。

 そんな中聞こえてきた噂話に、私は全意識を持っていかれることになる。


「聞きました? フェリシア様の婚約の件」

「えぇ、先ほど。でもよかったのかもしれませんわね。ずっとロザリー様はラッセル様をお慕いしておりましたもの」

「そうですわね。さながら【真実の愛】が報われた、ということでしょうかしらね」


 真実の愛が報われた、じゃないわよ!!

 ていうか何でもう話題になってるの!?

 ついさっきのことなのにこれだけ噂が回っていると言うことは、必ずこの会場のどこかに発信源がいるということで──。


「あれは……」

 私はダンスホールで楽しそうに踊るラッセルとロザリーの姿を見て、あぁなるほど、と察した。

 きっと、せっかくの人生で一度きりの卒業パーティーだから、と、なんだかんだと一人息子に甘いディラン伯爵が参加を許したのね。

 そこでラッセルが、私との婚約を解消して【真実の愛】で愛しあう自分たちがついに結ばれた、とでも言いふらした、と……。

 ……やっぱり潰して貰えばよかったかしら。



 口さがない人たちが、私をジロジロと見ながら【寝取ら令嬢】やら【真実の愛の前に立ち塞がる悪役令嬢】やら面白おかしく話している。

 おそらく彼らは私が嫌いだとか、そういうのじゃない。

 ただ彼らは娯楽が欲しいのだ。

 自分たちに関わりのないところでの目新しい娯楽。


 だからこそ近年の婚約破棄の流行はあるわけで……。

 その娯楽の中心こそが、今は私、というわけだ。

「まったく、迷惑この上ないわね……」

「本当にそうね」

 独り言として呟いた言葉に対して返ってきた声。

 振り返ると、私の幼馴染であり親友のリルディ・レッサ伯爵令嬢が腕組みをしてじっとりとダンスホールの恋人たちを睨みつけていた。


「リルディ、卒業おめでとう」

「あなたもね、フェリシア。あぁあと、婚約解消もおめでとう」

 さすがリルディ。

 変に気を使われるより、こうサバサバとしていて私の気持ちを汲んでくれる彼女の存在が今はとってもありがたい。


「ありがとう、リルディ。そう言ってもらえると救われるわ」

「顔はいいんだけどねぇ、ラッセル。……にしても、今日でしょ? 婚約解消になったの。解消後すぐに浮気相手とパーティに参加してダンスまで踊るって、肝が座ってるというか、ただの馬鹿だというか……」


 呆れたように言いながら、リルディはため息をつく。

「でも、周りはそうは思ってないみたいよ? 【真実の愛】を勝ち取ったヒーローとヒロインになってるもの。ほら、今流行りでしょう? 悪役令嬢からヒロインを守り、婚約破棄を突きつけてハッピーエンドになるって物語」


 元々は、下級貴族の令嬢が意地悪な悪役令嬢からいじめられていたのを、その悪役令嬢の婚約者だった男性が罪を暴いて婚約破棄を言い渡し、下級貴族の令嬢と【真実の愛】を育んだっていう、他国の実話が元になっているらしい。

 それが物語になり、人気を呼び、実際に【真実の愛】という名の浮気相手を見つけて昔から結んでいた婚約を破棄する馬鹿者、ゴホンッ、若者が増え、それが流行りとなったというわけだ。


 なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。

 そんな【真実の愛】という大義名分のために煮湯を飲まされた人の心はどうなるの?

 こんな流行り、早くなくなればいいのに。


「……悪役令嬢はお呼びじゃないのよ。代表挨拶も終わったし、私は先に帰るわね」

「え? もう?」

 これ以上この視線の中にいたくない。

 見世物になるだなんてごめんだわ。

「リルディはしっかり婚約者と楽しんでいってね。また手紙を書くわ。それじゃ」

「え、ちょ、フェリシア!?」


 私はきびすを返すと、リルディの声を背に一人会場を後にした。

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