婚約者生活の終わり
「フェリシア!!」
「お父様。お母様」
知らせを受けた両親はすぐにディラン伯爵家へと来てくれた。
真っ青な顔をしたお父様と、真っ赤な顔をしたお母様が私に駆け寄る。
「あぁフェリシア、すまない。私がこんなクズと婚約させたばかりに……」
「フェリシア、どうする? お母様、潰しちゃいましょうか?」
「とりあえず潰すのはやめてあげてください」
うちの両親は正反対だ。
おっとりと穏やかなお父様に、血の気の多いお母様。
こんなに性格が違うのに毎日イチャイチャラブラブしているんだから、世の中よくわからないわよね。そんな二人は私にとっての理想の夫婦で、こんなふうに仲の良い夫婦に憧れていたのだけれど……無理ね。
ラッセルとその未来は築けない。というか、築きたくない。
重苦しい空気の応接室で、目の前のソファにはディラン伯爵と夫人、その横の方できちんと服を着たラッセルとロザリーが青い顔をして俯いている。
お父様とお母様が来るまでの間、私一人でこの空気の中いたの、誰か褒めて欲しい。
「グラスバート伯爵、それに夫人も。こちらの責任であるにも関わらずご足労いただき、本当に申し訳ない」
「いや、このまま後日に回されるよりは良い。私は娘のためならそんなマナーなど気にしないよ」
隣にどっしりと座って私の肩を抱くお父様の温もりと、反対隣に座って私の手を握るお母様の温もり。二つの温もりが冷え切った私を挟む。
「で、そこの女性、確かフェリシアのお友達じゃなかったかしら? ゲゼル子爵のところの……。こんなところで何をしているの?」
お母様の鋭い視線がロザリーへと向かう。
元侯爵家の令嬢であるお母様は、人並外れた美しさ、そして誰にも媚びることのない性格と少し釣り上がった切れ長の瞳から、社交界では『氷の淑女』とも言われている。
若い頃から大変な人気者だったお母様は、どんなアプローチにも靡くことはなかったそうだ。そんな『氷の淑女』の心を溶かすことができたお父様は『太陽の紳士』とも言われているらしい。
皆よくそんな2つ名思いつくもんだわ。
話を振られたロザリーは怯えた様子で視線を伏せながら「わ、私は、ラッセルの……」と何やらモゴモゴと言葉を発しているけれど、それ以上言葉は続かなかった。
「ラッセル? 婚約者でもないあなたが、人の婚約者の名前を軽々しく呼び、二人きりで逢うの?」
「そ、それは……」
「ラッセル、あなた、この小娘とどういう仲なのかしら?」
「ふ、夫人……それは、あの……」
お母様の圧のかかった笑顔に圧倒された二人は、何を言ったらこの『氷の淑女』の不興を買うことなく終わらせることができるのかを考えているようだけれど、どれも無駄だと理解しているのでしょうね。
言葉が続いて出てこないみたい。
いつまで経っても話が進まない様子に
「フェリシア、何があったのか、教えてくれるかしら? どうもこの子達、お話ができないみたいなの」
「私も聞きたいな。知らせでは婚約破棄の話だと聞いているが、一体何があったんだい?」
ラッセルとロザリーの様子を見てから、おおよそ検討はついているんだろう。
お父様もお母様も怒りの笑みを浮かべながら、口調は穏やかに私に問いかける。
「いつまでも迎えにこない婚約者を訪ねて、婚約者を待っている間、結婚後私たちが使う部屋に行ってみれば、私の婚約者と、私の友人だった女性がベッドの上で全裸で絡まり合っている現場に遭遇してしまい、何事か尋ねたところ婚約破棄を言い渡されました」
冷静に。
簡潔に。
ただ見たままを伝える。
が……、うん、ちょっとオブラートに包んだ方が良かったかしら。
お父様とお母様、すごい顔で固まっちゃったわ……!!
「よし、潰そう」
「意義なし」
「ちょ、待ってくださいお母様!! お父様も!!」
早急に、穏便にすませたいのよ、こっちは!!
後腐れなくさっさとこの茶番を終わらせて、この空間からおさらばしたい。
「うちのフェリシアになんてもん見せてくれてるんだ? 婚約者がいるにもかかわらず、その婚約者の友人との交わり……。常識ではあり得ないはずだが?」
「お、おっしゃる通りで……」
「こちらに全面的に非がありますわ」
お父様の怒りを前に、ディラン伯爵も夫人も小さくなって頭を下げる。
「フェリシア嬢との婚約は、こちらの有責での解消とさせていただきます」
「ち、父上!!」
「お前は黙っていろ!!」
声をあげるラッセルに、温厚で優しいディラン伯爵が怒鳴り上げる。
婚約破棄ではなく解消。しかもラッセル側の有責となれば、私に婚約を破棄された女だというレッテルが貼られることはない。
逆にラッセルの有責でのことだから、彼へのダメージにはなる、というわけだ。
ディラン伯爵が多少は話のわかる方でよかったわ。
「そうか、ならよかった。さっさと終わらせよう。ちょうどここに偶然にも婚約解消届けの用紙があってね。ラッセル、迅速にサインを」
そう言って懐から婚約解消届けの用紙を出してラッセルの目の前にスッと差し出すお父様。偶然に持ってるようなものじゃないわよね、それ。
きっとここに来る時から、破棄にさせるつもりなんてなかったんだわ。
だってほら、ちゃんとラッセル・ディランの有責によるって、お父様の字で書いてあるもの。
「ラッセル、すぐにサインをしなさい」
「っ……」
ディラン伯爵に急かされ、悔しそうに顔を歪めながらラッセルは渋々といった様子でサインを書いていく。
ラッセルが書き終わると、今度は保護者としてディラン伯爵が、そしてお父様、最後に私がサインをしていく。転移陣が描かれた封筒にそれを入れると、用紙はすぐさま転移魔法で役所へと送られた。
8歳で婚約してから10年。
こうして私の婚約者生活は、あっけなく終わりを告げた。
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