7 身の上話をしつつ掃除します


「え、結婚されてたんっすかっ?!」


 ビックリされてしまったよ。

 そりゃ、そうよね。


 メイドの仕事はその日によって振り分けが変わる。同じ仕事ばかりで飽きさせないためもあるが、護衛班には各場所の立地を把握しておく目的もある。

 今日の私たちの担当は庭掃除。貴族の庭としては規模がやや狭いものの、防犯のため周囲を樹木で覆いつくしているから落ち葉や枯れ草がひどい。石畳をホウキで掃いたり灯篭を拭いたりするだけなんだけど、それでも三人で手分けして一時間以上はかかると見えた。

 庭に点々と設置されている灯篭を拭くのはキュウの係。私は石畳を掃いている。

 マルティはというと「対面からもやった方が効率いいので」と言って、庭の反対側へ行ってしまった。


 そんな感じで、私はキュウと二人だけで自己紹介をし合っていた。


 詳しく聞けば、二人は私がかつて通っていた『専門学校』の後輩だったらしい。

 特技だけしか取柄がなかったにもかかわらず、私の専門学校での評価はそれなりに高かった。何か一つでも抜きん出ていれば評価されるのがあの専門学校の良いところでもあった。

 そして卒業したあとに就いた仕事の功績が知れ渡ったことで、専門学校じゃいつの間にかちょっとした有名人になっていたらしい。


 更にはそんな私なんかに憧れる生徒もちらほらいたとか。

 二人ともそんなちらほらの一員だったと、キュウは楽しそうに話してくれた。


「急に業界から消えるから、死んだんじゃないかって噂だったすよ。姐さんが死ぬとかありえないってマルティ、必死になって弁解ましたけど。でも、まさか結婚して足抜けしてたとはー」


 そうよね、この業界でそんな乙女チックな抜け方するやつなんて珍しいよね。

 若気の至りとはいえ、ちょっと突拍子もないことし過ぎたのかも。やだ、顔が火照ってきたわ……。


 しかし、必死に弁解してくれてたのがキュウではなくマルティだったことに驚く。

 そんなに私の事を慕ってくれてたの? 急に言われても、にわかには信じがたい。

 ここにいない彼女のことをキュウが語ってくれる。


「マルティ、めっちゃ姐さんに憧れてたんすよ。だから自分も銃使いになるんだって言って、子供のころからやってきた剣術捨てて、銃に転向したんす。自分には才能ないからって、最終的には短距離でできる二丁銃に落ち着いたみたいっすけど」


 ……そんなに憧れてくれてたの?

 憧れる気持ちは私に責任のないものだ。けれど、そうやって慕ってくれてた後輩を、私は私情ひとつで傷つけてしまった。

 不愉快そうな態度の意味が分かったような気がした。

 罪悪感が胸に刺ささる。


「なんていうか、そんなに有名になってるとは思わなくて。ごめんね、心配かけて」

「いやいやいやっ! 姐さんが決めたことなんすから、オレらがなにか言う権利とかないっすよっ! 姐さんが幸せならそれでいいんっすって!」


 いい子ー。ホントにいい子。

 幸せ、幸せかぁ……。


 本当に幸せだったろうか? あの家で。

 朝から晩まで働きづめで、常識まで削られちゃってて、挙句に浮気されて離婚されたとか。

 ……憧れて心配までしてくれたこの子たちには絶対、言えないなぁ……。


「この業界に戻ってくれてオレ嬉しいっすっ! しかも部下になれるなんて、マルティもホントは嬉しいと思うっすっ!」


 フォローしてくれてるけど、やっぱりこの子もいろいろ思ったりしたんだろうな。

 私、この子たちの上司になって良かったんだろうか……?

 取り留めもない疑問符が胸の中にうずまく。


 気分転換のために、話題を変える。


「そういえば、キュウは長斧使いなの?」


 キュウは大きく頷いた。


「はいっ! メイン武器は長斧っすっ!」

「昨日の襲撃の時も持ってたよね。あれって室内じゃ動きづらいんじゃない?」

「もちろん、どこでも振れるように訓練してるっすよ! それにアレ、分解して小さくもできるっす。なんでその時々で長さ調節しながら使ってるんすっ」

「へぇ、そうなの」


 解体できる武器は、隠し武器のひとつだ。

 サブならともかく、メインで扱える人間はあまりいない。


「もしかしてキュウのおうちって、そういう関係?」

「はいっ! 昔っからのシノビの家系っすっ!」


 やっぱり。


 隠し武器を専門に扱う、隠密専門の家系がいくつか存在するのは知ってた。

 メイン武器に隠し長斧なんてのは、幼いころからそういう関係に触れてきた人じゃないとまず選ばない選択肢だ。

 なるほど、ブラッドレイ家の武装メイドになるのも納得。


 そこから私とキュウは他愛もない話題で盛り上がりながら、予定よりちょっと時間を越えて仕事を終えた。

 マルティは合流したあとも無言。そのあとの仕事も、最低限の会話だけ。

 必ず空いている人一人分の隙間が、彼女と私の心の距離のように思えた。


 さて、私はこれからこの子にどうやって接していこう……?


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