第37話 車内で

 二人で軽くご飯を食べた後、そのままドライブを始めた。

 運転は言うまでもなくつなちゃん。

 レンタカーとは言え、つなちゃんの隣の助手席でシートベルトを締めるのは、なんだか妙に緊張してそわそわした。

 それに、少し恥ずかしい。

 自分がまだ子供で、つなちゃんは大人であることをまざまざと突き付けられる気分。


「なんか久々に運転するなー。事故ったらごめんね」

「いつぶりなんですか?」

「どうだろ。二年ぶりとかかな? 免許取ったのが大学一年の夏休みで、その時に一回運転したきりだったから」

「だ、大丈夫ですよね?」

「えー? なに、怖い?」

「……どうだろう」


 信号待ちの時間、つなちゃんは俺の方を見て薄く笑った。

 至近距離にある綺麗な顔を見て、俺は咄嗟に顔を逸らす。


 怖いかと聞かれると、案外そうでもない。

 運転は今のところ普通だし、その点でも危険は感じていない。

 ビビらせてくるような事を言うけど、それだけだ。

 正直、事故への恐怖なんかより、隣のこの人がいるという安心感が強すぎて全然怖くない。


 やっぱり俺、この女の子のことが大好きなんだろうな。


 ふと思って顔が熱くなった。

 車は再び発進する。


「男の子とドライブデートは初めてだよ」

「ど、ドライブデート……。改めて聞くとアレですね」

「あはは、なんで復唱するの? 私もちょっと照れるじゃん」

「ご、ごめんなさい」

「いいよ。初心で瑛大君らしいし。可愛い」

「……」


 俺は初めて会った日から、ずっとこの人に『可愛い』と言われ続けてきた。

 なんだか、そこに含みを感じる。

 まるで子ども扱いされているかのようだ。

 現状も相まって少しもやもやする。


「話してて運転に集中できますか?」

「大丈夫だよ。一本道だし。瑛大君こそお姉ちゃんに連絡した?」

「あ、はい」

「……なんて言ったの?」


 少し慎重に、つなちゃんは聞いてきた。


「この前心配かけた事もあるので、ありのまま言いました。つなちゃんと出かけるから夕飯はいらないよって」

「そっか。言ったんだ」

「はい」

「瑛大君が私のこと好きなのって、言ってるの?」

「……まだ、言えてません」

「そう」


 つなちゃんは前しか見ていない。

 運転に集中しているから、若干生返事にも聞こえるような相槌を打ちつつ、彼女は俺の話を聞く。

 いつ見ても整っているつなちゃんの横顔に、俺は吸い込まれるように見惚れた。

 綺麗というありきたりな感想が浮かぶけど、それと同時に少し硬さも感じた。


「外完全に暗くなったね」

「そ、そうですね」


 ぼーっとしていたから一瞬反応が遅れた。

 よく見ると外が暗くなっている。

 丁度開いたスマホの時刻も七時過ぎだ。

 ついでに姉から『了解。ってかなんで弓川先輩? なにするの?』というメッセージも届いていた。

 つなちゃんとの車内の雰囲気にのまれ過ぎて、全く周りが見えなくなっていたらしい。


 ゆっくりつなちゃんの方を向くと、シートベルトが食い込んだ胸に目が留まった。

 柔らかそうな胸が強調されていて、見ているとドキドキする。

 以前見せてもらった水着姿を思い出した。


「あはは、私達どこに行くんだろうね」

「行きたい場所とかあるんですか?」

「ううん。無計画」


 そのまま、俺達は人気のない公園の駐車場に着いた。

 彼女は運転をやめ、俺の顔を見てくる。

 暗いからどんな顔をしているのか、よくわからない。

 だけど、何かを促されているのはわかったから、俺は口を開いた。


「つなちゃん、好きです」

「……」

「俺、つなちゃんといると落ち着くし、元気出るし、これからもずっと一緒に、もっと近い距離でいたいんです。付き合ってください」

「……なんで」


 つなちゃんは困ったように笑う。


「この前せっかく告白されたんでしょ? その前も君は他の子のことが好きだったって言ってたじゃん。その子が振り向いてくれるかもしれないよ?」

「振り向いてくれました」

「え?」

「今日、その子に告白されました」

「……じゃあ今日は何? 付き合うって宣言しに来たの?」

「そんなわけないじゃないですか! 俺は、その子の告白も断ったんです! つなちゃんのことしか、考えられないから!」

「っ!」

「あ、大きな声出してごめんなさい」


 思わずむきになってしまった。

 俺の声にびっくりしたのか、目を見開くつなちゃん。

 こんな夜の車内で出す声量ではなかった。


「俺は、つなちゃんのことが大好きだから。他の子にモテるとか、もうどうでもいいんです」

「……でも私、サキュバスだよ? おばさんだし」

「おばさんじゃなくてお姉さんです。つなちゃんは、優しくて可愛くてえっちな大人の女の子だから。サキュバスとか……どうでもいいんです」

「……ほんとに?」

「はい」


 つなちゃんの体が、心なしか近づいてきた気がした。

 顔も、いつの間にかよく見える距離まで近づいている。

 まるで、キスするみたいな距離感だ。

 俺とつなちゃんにとってはいつも通りの、そんな距離。


「そんな顔真っ赤で言われたら、恥ずかしいね」

「顔、赤くなってますか?」

「うん。真っ赤。可愛いよ」

「……」


 そう言って今にもキスされそうな雰囲気になった。

 だけど、俺はそれに応じる準備なんてできていなかった。

 再び可愛いと言われ、どうしてもその含みに引っかかっていたから。


 だからこそ、俺はいつもなら絶対に出ない行動に出た。


「んっ!?」

「……はぁ。ごめんなさい」

「……」


 俺から、キスをした。

 初めて自分から唇を奪った俺に、つなちゃんは驚いた様子で見つめてくる。


「もう、無理だね。嘘つけないや」

「あ」


 すぐにつなちゃんの方からもキスされて、俺は息つく間もなかった。

 そのまま抱き着いてきたつなちゃんの背中に、腕を回す。

 ぎゅっと抱き寄せると、濃い甘い香りが鼻に抜けて来た。


「ごめん。先に答えてあげなきゃ、だよね」

「あ、えっと。あー……はい」

「なにその反応。魂抜けちゃってるじゃん」

「ご、ごめんなさい」

「謝ってばっかりだね。今日、まだ大丈夫?」


 言われて俺は考える。

 そしてすぐに頷いた。


「今日と言わず、明日まで大丈夫です」

「はぁ。なんだか瑛大君の顔が凛々しく見えて仕方がないよ。ここ最近ですっごくカッコよくなったね。好き」


 つなちゃんはそう言って微笑み、また俺にキスをした。


 初めて彼女の口から聞いた『好き』という言葉に、全身の血が騒ぐような感覚に陥った。

 しばらく、頭が真っ白だった。

 静かな車内で、身体中が熱くて仕方ない。

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