第38話 未成年の初ラブホ

 つなちゃんとのキスは初めてじゃない。

 会った日からキスしていたし、その後も会うたびにほぼ毎回キスをした。

 だけど、その全てと今日のキスは全く俺の中で意味が違った。


「お、俺の事が好きなんですか?」


 どうしても聞き流せなかったから、俺はキスをした後に尋ねた。

 するとつなちゃんは疲れたような笑みを浮かべながら言う。


「好きだよ。結構前から」

「ッ!? そ、そうなんですか。そ、そうだったんだ……」

「あはは。なんでまた繰り返すの」


 自分の中で整理するためにも、復唱して反芻する必要があった。

 真っ暗な車内の中、俺達は顔を見合わせて向かい合う。

 お互いに、なんだか気まずかった。

 不思議な感じだ。


「とりあえず走ろっか。車返さなきゃだし」

「あ、はい」

「続きは、また後で」

「……」


 続きってなんですか?とは聞けなかった。

 そういう空気感じゃなかったし、なによりそこまでの勇気もなかった。

 そして、再び動き出す車。

 俺は背筋を伸ばして、座りなおすのだった。



 ◇



 レンタカーにガソリンを入れて返却した後、俺達は夜の道を歩いた。


「ちょっと寄ろっか」

「え?」

「休憩しよ」


 あまりにもベタな誘い文句に、俺は目を見開いて隣のつなちゃんを見る。


 現在俺達がいるのはラブホの前。

 休憩なんて聞き馴染みのない言葉だけど、子供じゃないから意味くらいは分かる。

 今までキスだけしかない関係性だったけど、いよいよその一線を越える時が来たんだろうか。

 緊張してどんどん表情が硬くなる俺に、つなちゃんはいつもみたいにニヤニヤ笑った。


「ごめん。勘違いさせちゃって悪いけど、本当にただ休憩したかっただけだよ。そもそも私、今日はできない日だし」

「え、あ……っ」


 言われて、どういうことか理解する。

 顔が猛烈な勢いで熱くなった。

 恥ずかしい。


「あーあ、フィクションのサキュバスみたいに生殖能力なんてなかったらよかったのに。なんでこういう機能だけ普通の人間と変わんないのかな」

「た、大変なんですね」

「そうそう。ってわけだからごめんね。また今度」

「こ、今度!?」

「あはは。可愛い」


 揶揄いつつ、俺の手を取ってくるつなちゃん。

 色んな意味でこの人はいつも通りだ。


 その後、俺は初めてラブホテルに入った。

 パパッと受付を済ませたつなちゃんの後ろをついて行くだけだったけど、なんだか大人な雰囲気に胸が高鳴りっぱなしだ。


 部屋に入った後、つなちゃんはソファに座って伸びをする。


「うーん。久々の運転疲れた~」

「お疲れ様です。で、でも、未成年なのにラブホテルって入って良いのかな」

「あはは、サキュバスに法律が通用するとでも?」

「なんかそう言われるとどうでもよくなってきました」

「でしょ? まぁ真面目な話すると、大人同伴だから入れはするけど、もしかすると私が淫行条例的なので引っかかるかも。その時は君のお姉ちゃんに助けてもらおう」

「ねーちゃんか……」


 姉は俺とつなちゃんが好き同士でいることを、許してくれるだろうか。

 そういう話を真面目にしたことはないし、想像がつかない。

 意外と判断はまともな人だし、不安だ。


「無人受付でよかったよ。上着は脱いでもらったけど下は制服だし、そもそも瑛大君可愛いからどう見ても未成年だし」

「やっぱり、歳の差って大変だ」

「そう。だから今からするのは真面目な話」


 俺の呟きから一気に声音を変えたつなちゃん。

 彼女はクールな視線を向けてくる。

 やや厳しい、この前俺の告白を断った時の彼女の表情だ。


「私は今年で二十一なの。そして、君は今年で十六。気持ちは伝わったし、さっき言っちゃった通り私も君のことが好きだけど、交際は難しいよ」

「な、なんで。保護者が認めてくれればいいんですよね? ねーちゃんなら許してくれると思います!」

「うーん。そうかな。それとこれとは話が違うでしょ。それに、私なんかよりいい人はきっと現れるから、一時の感情に流されて欲しくもない。ごめんね」


 雲行きが怪しくなってきた。

 確かに、車にいる時から『付き合おう』とは言われなかったけど、そういうことか。


「だからほんとは好きとか、言うつもりなかった。でも君にキスされて、我慢できなくなったの。弱い女でごめん」

「あ、謝らないでください。物凄く嬉しかったです」

「ううん。君を喜ばせた分、付き合えないっていう事実への辛さも増しちゃうじゃん」

「そ、それは……そうですけど」


 暗い顔をしながら俯くつなちゃんに、俺はかける言葉を見つけられなかった。

 ここでもやっぱり、歳の差を突きつけられる。

 最大の障壁はそこなのか。


「でもなんでつなちゃんは俺の事を好きになってくれたんですか?」


 俺の問いにつなちゃんの肩がぴくっと動いた。


「……以前説明したよね。サキュバスのキスの効果で女子にモテやすくなるって」

「はい」

「私も女子なの」

「……え」

「勿論それだけじゃないよ。君とたくさん話して、優しいところとかたくさん見て、普通に惹かれてた。そこに自分の毒が相乗したって感じかな。あはは、ほんとなんなんだろうね。馬鹿みたいだ。自分の毒で自滅しちゃったなんて」


 まさかの返答を受けて、俺は驚きを隠せなかった。

 確かにあの効果は誰彼構わず発揮されていた。

 その最たるものとして、肉親である姉からも何度も凛々しいと褒められたこともある。

 考えもしなかったけど、言われてみればつなちゃんにも効果が出る可能性はあったんだ。

 そっか。そういうことか……。


「でも勘違いしないでね。そんなのなくても、私は瑛大君の事好きになってた」

「……」

「自分のことをもっと認めてあげてね。多分瑛大君に告白したっていう二人の女の子も、君の本質を好きになったんだと思うから」


 言われて思い出すのは千陽ちゃんの言葉だ。

 あの子は、俺の容姿とか関係なく好きになったと言ってくれていた。

 叶衣さんだって、そもそも告白した時から嫌っていたわけではなかったらしいし。

 あんな振られ方をしたのは、俺の距離の詰め方が急すぎただけ。


「ってか、その君の良さがみんなに伝わったからモテ始めたわけだし。前に言った通り、私達サキュバスの唾液効果って、ただ単に何もしなくてもモテるようになるわけじゃないからね。あと、そんな魅力のない人にキスしようとはサキュバスも思わないから、そもそも意地悪な人はキスの恩恵も受けられない。元から瑛大君は、カッコよかったよ」

「つなちゃん……」

「でも付き合うのは難しいよ。よく考えて欲しい」


 俺とつなちゃんの間には、妙な距離が空いている。

 俺は頭を悩ませた。

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