第36話 いつも通りのサキュバス

 俺は走った。

 いち早くつなちゃんの元へ向かうため、一心不乱に走り続けた。


 大学に着いたとして勝手に入っても良いものなのだろうか。

 そもそもどこにいるのか。

 というか会ってくれるのか……。


 色んな事が頭をよぎったけど、全て振り切って走った。

 それは着いてから考える事だ。

 今は走ることに集中だけすればいい。


 そんな事を考えていると、あっという間に駅に着いた。

 今から電車に乗って大学まで三十分。

 そして次の電車が来るまでに二十分……。


「あぁ、待つしかないのか……!」


 次の電車までの待ち時間が長くて、一瞬今から走って向かおうかと思った。

 だけどすぐに冷静になる。

 絶対に待った方が速く着く。

 急がば回れとはよく言ったものだなぁとしみじみ感じた。


 変に冷静になったおかげで自分の容姿をチェックしようという脳みそが働いた。

 早速トイレに行って鏡を見る。

 風と汗で癖のついた髪をそっと戻した。


「返信は……まだないか」


 俺が目を落とすのはスマホの画面だ。

 つなちゃんからの『学校にいるから無理』というメッセージに対して、俺は『向かいます』と送っていたのだ。

 十分くらい経つけど、未だに返信はない。

 ちなみに既読は付いている。


「……これはどう見るのが吉なんだ?」


 拒絶の既読スルーなのか、了承の既読スルーなのか。

 いやいや、自信を持つんだ俺。

 千陽ちゃんも言っていた通り、話す気がないなら現在位置なんて教えてくれるわけがない。

 それに今まで返信もあったし、本当に会えないなら来るなという旨の連絡くらいしてくるはずだ。

 つなちゃんは、俺を待ってくれている。

 そう信じるしかない。


 考えれば考えるだけ気持ちが悪くなった。

 吐きそうだ。

 さっきの叶衣さんも、こんな気持ちで告白してくれたのかな。

 ……辛いな。


 そんな事を考えているとあっという間に時間が過ぎた。

 俺は無事に電車に乗り込み、大学を目指す。

 思えば一人で電車に乗ったのなんて初めてな気がする。

 なんて大胆な事をしてるんだろう。

 だけど、つなちゃんに会えると思うと、全てがどうでもよくなった。

 この電車、もう二倍のスピードで走ってくれないかな。



 ◇



 大学に着いてからスマホを開く。

 中に入ったはいいけど、どこに行けばいいのかわからない。

 可能性としてアリなのは、姉の学科の校舎近くを歩くこと。

 つなちゃんと同じ学科だという話だし、出会える確率は高いだろう。

 だけど避けたい。

 姉に見つかる可能性も高いというのは、正直リスキーだ。

 だからこれは最終手段。


 なんて考えながら辺りを見渡していると、そんな俺の作戦なんか無意味だったことを悟る。


「早いね。まだ一時間だけど」

「……急いできました」

「瑛大君の高校結構遠いのに、どれだけ走ったの」


 俺の方に歩いてくる絶世の美女。

 いつも通りのロングスカートと余裕のある笑みに、なんだか安心し過ぎて心臓が止まりそうになった。

 つなちゃんは、いつも通りだ。


「私会えないって言ったよね? 会わないとも言ったよね?」

「ごめんなさい。どうしても会いたくて」

「そっか。……ちょっと外に出よう。視線集めてる」

「あ」


 言われて気づいたけど、今の俺は制服姿だ。

 若干周りの大学生たちに見られているのが分かった。

 俺の隣に並んで歩くつなちゃんに俺は聞いた。


「あ、あの。授業とかはいいんですか?」

「もう終わってるから大丈夫」

「そうだったんだ……」

「丁度連絡来た時は家に帰るとこだったんだよ。でもあんな返信しちゃったし、そこの空き教室でずっと待ってた」

「ま、待っててくれたんですか」

「あ、ちが。今のナシ。待ってないから」


 すぐに訂正するつなちゃんは苦笑していた。

 よかった。

 本気で拒絶されたらどうしようと思っていたけど、杞憂に過ぎなかったらしい。

 俺と話してくれる気はあるみたいだ。


 大学から出て程なくした時、つなちゃんは言う。


「暇だし、どっか行く?」

「いいんですか?」

「別にいいよ。瑛大君の門限が大丈夫ならの話だけど」

「うちはねーちゃんに連絡さえすればいつまででもいけます」

「そっか。ふふ、後輩の弟を誑かすなんて、ほんとにサキュバスって感じがするね」


 そう言われるとなんだかいけないことをしている気になる。

 だけどつなちゃんと知り合った時は姉との関係なんか知らなかったし、仮にそうであっても関係ない。

 俺は別に、キスができるという理由だけで好きになったわけじゃないんだから。


「ドライブデートでもしよ」

「運転できるんですか?」

「免許は持ってるよ。死ぬときは一緒だね」

「え」

「あはは、冗談だよ。とりあえず行こっか」


 つなちゃんはそう言って笑った。

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